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2012.09.27
知的資産経営を中小企業診断士が支援することを通じて企業価値を最大化する提案

知的資産経営を中小企業診断士が
支援することを通じて企業価値を最大化する提案

知的資産経営研究会 会長 宮崎 博孝
miyazaki@bizfan.com

1.はじめに
グローバル化やIT化が進展するなかで、先進国企業は、単純なコスト競争では新興国企業に太刀打ちできない状況になっている。先進国企業には、各社固有の「知的資産」に着目し、それぞれの価値の創造と維持を追求した「知的資産経営」を実践することが必須になりつつあるといえる。とりわけ日本においては、平成23年3月に発生した東日本大震災の影響が、物理的な被害を直接受けた企業はもとよりサプライチェーンでつながった多くの企業や、農産物をはじめとしたさまざまな日本ブランドにまで及んでいることから、各社が、持ち得るすべての知的資産に着目し、すみやかに具体的な価値の創造と維持に向けた活動を行うことが求められている。
知的資産経営は経済産業省が推進しており本年で8年目を迎えるが、知的資産経営の支援は現在一部の中小企業診断士が取り組んでいるに留まっており支援者の育成が喫緊の課題と考える。当研究会では、中小企業診断士として支援する具体的なあり方について調査研究し、企業経営の収益力の強化に寄与することを目的として活動している。

2.知的資産経営が求められるわけ
日本国内の市場が縮小傾向にあることに加え、加速する国際化の進展は単純なコストダウンの競争を無意味なものにしている。
従来は「同じものをできるだけ安く、安定的に供給してくれる先」、「同じものをできるだけ高く買ってくれ、代金を支払ってくれる先」といった視点で取引先を考えていた。 しかし、近年国内外との競争が増すなかで、仕入先、下請け先がパートナー(協力会社)という位置づけに変わり、付加価値のある製品・サービスを提供していかないと、競合他社に対抗できない環境となってきている。
チームを組んでの経営がビジネス成功の要因となっている。BtoBの取引においては、販売先、購買先のどちらも見た目の取引ではなく、今後有効な潜在能力があるかどうかを見極める必要性が増してきている。つまりパートナーシップを組めるだけの能力があるかどうかを見据えた取引が重要になっているといえる。
このような経営環境のなか、これからの企業はどのような経営をしていったらよいのであろうか。競争に勝ち残っていくためには、技術力、ブランド力、商品開発力、人材等といった「企業にある無形の経営資源=知的資産」を有効活用した経営がますます必要となってきている。そのためには、知的資産を見える化しておき、経営に意識を持って使えるようにしておきステークホルダーが情報共有を通じて意識をしていくことが重要である。
知的資産経営の重要なツールである「知的資産経営報告書」を活用することによって関係者とのコミュニケーション力を向上させていくことは特に有効である。

3.知的資産経営とは
(1)知的資産とは201210_tokusyu_f1.jpg
知的資産とは「従来のバランスシート上に記載されている資産以外の無形の資産であり、企業における競争力の源泉である、人材、技術、技能、知的財産(特許・ブランド等)、組織力、経営理念、顧客とのネットワーク等、財務諸表には表われてこない目に見えにくい経営資源の総称」を指す。(中小企業のための知的資産経営マニュアル/中小機構より)
知的資産は多くの場合、個別で価値を生みだすのではなく他の知的資産と結びつき、活用・管理することによって価値を生み出すものである。しかし、個別の知的資産がどこに存在するのか知的資産経営報告書を作成する過程で自社の持つ知的資産を棚卸することはステークホルダーにとっても体系的な整理ができ把握がしやすくなる。201210_tokusyu_t2.jpgここでは一例としてMERITUMプロジェクトによる分類を紹介する。
一つ目は、従業員が退職時に一緒に持ち出してしまう知的資産である。従業員個人に付属しておりその人しかできない技術や知識のことで、これを「人的資産」という。二つ目は、従業員が退職時に企業内に残留する知的資産である。個人の技術やノウハウ、知識等であったものをマニュアル化やプログラム化することで組織的に対応できるようにしたもので、製造に限らず営業の仕方や緊急時の対応、社内の規範や企業文化なども含まれる。これを「構造資産」という。三つ目は、企業の対外的な関係に付随した知的資産である。販売先、仕入先、外注先、提携先等のことでそこに働く従業員やさらにその関係者も意識する必要があり。これを「関係資産」という。
MERITUMプロジェクトによる知的資産の3分類
201210_tokusyu_t1.jpg人的資産
(human capital) 従業員が退職時に一緒に持ち出す知的資産
例)イノベーション能力、想像力、ノウハウ、経験、柔軟性、学習能力、モチベーション等。
構造資産
(structural capital) 従業員の退職時に企業内に残留する知的資産
例)組織の柔軟性、データベース、文化、システム、手続き、文書サービス等。
関係資産
(relational capital) 企業の対外的関係に付随した知的資産
例)イメージ、顧客ロイヤリティ、顧客満足度、供給業者との関係、金融機関への交渉力等。
MERITUMプロジェクト:ナレッジ型経済の準備を目的として、欧州の6カ国(スカンジナビア3カ国、デンマーク、フランス、スペイン)と9つの研究機関が1998年?2001年にわたって実施したプロジェクト。
(2)知的資産経営とは

201210_tokusyu_f5.jpg知的資産とは、企業価値を生み出す源泉となる無形の資源であるため、それ自体を保有するだけでなく、いかに効果的に活用するかが業績向上のポイントとなる。すなわち、固有の知的資産をどのように維持、管理、強化、改善し、どのように組み合わせて事業に結びつけ、価値を実現していくかという「知的資産経営」が重要となってくる。
中小企業の場合は人的資産をできるだけ構造資産に変える仕組み作りが大切である。急に従業員が休んだり退職したりしても他の従業員が変わってできるよう準備することで業務の継続が可能となる。社内にある知的資産を見える化しステークホルダーで共有していくことが重要である。
このような企業に固有の知的資産(自社の強み)を認識し、有効に組み合わせて活用していくことを通じて収益につなげる経営が「知的資産経営」である。

(3)知的資産と知的財産の違いについて
「知的資産」という概念を「知的財産」と同義ではなく、それらを一部に含みさらに組織力、人材、顧客とのネットワーク等「企業の強み」となる目に見えにくい経営資源を総称した幅の広い考え方と捉えている。


4.「知的資産」と「業績」との因果関係の把握
会社の有する「知的資産(強み)」がどのように企業価値に結びついているか、その要因の因果関係を「KPIを用いた知的資産の見える化」で明確にする必要がある。
経営計画のなかに、知的資産(強み)を活かす取り組みをビルトインすることが不可欠となる。知的資産の業績向上への寄与を表す指標(KPI)を明らかにし、知的資産KPIと業績との因果関係を明らかにする。しかし、すべての知的資産の金額評価は困難と考える。
201210_tokusyu_f2.jpgKPIの例:従業員一人あたりの研修時間、品質改善率、顧客満足度、商品説明会開催回数、CS活動アイデア件数、名刺・礼状枚数、改善商品数、特定業務受注率、クレーム件数、顧客カード枚数、管理顧客数、説明会参加者数、重点商品売上高、案内はがき枚数、イベント来店数、リピート率、作成マニュアル数、取引先データ数、顧客要望書収集枚数


5.知的資産経営の全体プロセス
(1)知的資産経営の6つのステップ
201210_tokusyu_f3.jpg知的資産経営は、以下の6つのステップで進めていく。
《知的資産経営の第1ステップ》は、自社の知的資産を"知る"ステップである。知的資産とは何かということをおさえたうえで、自社においてはそれらがどのようになっているのかを棚卸ししていく。そのうえで、棚卸しされたもののなかから、本当に「強み」といえるものは何かを吟味し、抽出しなおしていく。
《知的資産経営の第2ステップ》は、知的資産、すなわち「強み」を活かした経営計画を"まとめる"ステップである。その際、姿・形のない知的資産の活用をマネジメントするために、知的資産の業績向上への寄与を表す指標(KPI)を明確化し、その目標達成が業績の向上に連動していくように計画をたてていく。
《知的資産経営の第3ステップ》は、知的資産の活用を組み込んだ経営計画を実際に推し進めるステップである。それは知的資産を"活かす"ことである。経営者・管理職・担当者が、それぞれの立場・任務において、自社の「強み」を伸ばし、業績の向上につなげていく取り組みを実施していく。見方を変えればそれは、知的資産の業績向上への寄与を表す指標(KPI)の目標達成に向けた活動である。
《知的資産経営の第4ステップ》は、自社の知的資産経営を外部ステークホルダーに"伝える"ステップである。自社の知的資産とその活用を知的資産経営報告書としてまとめ、外部ステークホルダーに開示していく。
なお、第4ステップは、第3ステップに後続させるのではなく、第3ステップと並行して進めていく。第3ステップは企業内部での取り組み、第4ステップは企業外部との関係づくりであり、それぞれを知的資産経営の車の両輪として進めていく。
《知的資産経営の第5のステップ》は、推し進めた知的資産経営を"ふりかえる"ステップである。企業活動のあらゆる取り組みが、あらかじめ「正解」や「完璧」がないのと同じように、知的資産経営の取り組みにも「見当違い」や「不十分」がありえる。一定のサイクルで、推し進めてきた知的資産経営の取り組みの"ふりかえり"が必要である。
《知的資産経営の第6のステップ》は、"ふりかえり"をふまえ、知的資産経営の取り組みの"見直し"を行うステップである。 "見直し"には、知的資産経営の実践上の不十分な点を明らかにしてキャッチアップを進める場合もあるし、計画自体、あるいは、「強み」のとらえ方自体の軌道修正を図る場合もある。
(2)知的資産経営報告書の標準的な構成
知的資産経営報告書は、1.全体像 2.過去から現在までの実績 3.自社の強みの認識、4.将来の計画 5.会社案内 6.あとがき とするのが標準的な構成である。
201210_tokusyu_f4.jpg6.知的資産経営報告書を活用した事例
?新規開拓に活用した事例
中小企業経営者の業況感はかなり長期間低迷している。特に大手の事業者が小さなマーケットへ参入してきていることもあり、ニッチ市場と思っていた事業分野が小規模企業にとっては競争激化の市場へと変わってしまっている。そのような状況で業績の現状維持さえ難しくなっており、新規開拓に割く時間にも制約があるため会社の規模を縮小せざるを得ないところへ追い詰められている。この悪循環に陥っている声を聞くことが多い。

社名 有限会社 A水産、住所 東京都江東区北砂
事業内容 水産加工販売、創業 1973 年(昭和48 年)
従業員 15 名、資本金 4,300 万円 (平成23 年7 月度)
売上高 1 億7,964 万円 (第36 期:平成23 年7 月度)

 ・当社は学校の給食で使用する魚を加工し納入している。築地市場から仕入れた魚を加工し新鮮なうちに子供たちに食してもらうことで、経営理念「日本の魚食の素晴らしさを子供達に伝える」を実現している。
 ・近年は大手商社が輸入魚を低価格で学校へ提供すること(入札による調達)によって、当社の取引も減少の傾向にあった。社長は倒産も覚悟しなければと感じていた。
 ・社長は支援機関に相談したところ知的資産経営報告書を作成することをすすめられた。
 ・報告書作成の過程で当社の知的資産が整理され、社長の頭の中にあったが顧客に伝えることができなかったことが解消し、質の高いプレゼンテーションができるようになった。
  【効果】報告書を知的資産経営ポータルへ掲載したこともあって当社への問い合わせも増え、新規の取引先を複数社獲得することも実現した。どうしても暗くなりがちであった社内も明るくなり従業員も積極的に改善提案などをするようになった。今年度は黒字化も実現できそうな予感もでてきたと社長は元気に取り組んでいる。

?事業承継と経営革新に活用した事例
戦後、創業(再出発)した会社が事業承継の時期にきている。事業承継のことは考えてこなかったため心配になって相談に来たとのこと。経営者の中には頑張って経営してきたために80歳を過ぎてしまっている方もいる。子供はかわいいため長い年月をかけて株式を平等に譲渡しているケースがある。次期社長にとっては半数にも満たない議決権で今後を経営していかなくてはならない。事業承継を相続税対策と捉えている経営者が多く事業の承継について後継者に理解が得られていないケースが多い。相続税対策は事業承継の一部であることを理解いただく必要がある。

社名 株式会社 B飯店、住所 東京都中野区
事業内容 北京料理店経営、創業 1946年(昭和21年)
従業員 60名、資本金 1,000 万円 売上高 12億円

 ・創業者、2代目が築いてきた会社を将来にわたって存続させるための取り組みに知的資産経営報告書を活用することとした。
  【効果】3代目が間もなく30代を迎えるので知的資産経営報告書の作成を、時間をかけて一緒に取り組むことで理解を深めることとなった。
 ・経営革新計画を作成することを同時に進めることで中期計画にも展開する。
?ビジネスモデルの再構築で企業価値を向上させた事例
事業承継をテーマに相談を受けていたが、そもそも現在の事業が将来どのようになっていくかもはっきりしていないケースがある。事業をどのように承継させるかでなく価値ある企業にどうやって変えていくことができるかが本質の課題である。

社名 B運輸株式会社、住所 東京都墨田区
事業内容 運搬・加工・保管、創業 昭和4年
従業員 47 名、資本金 1,000 万円 売上高 7 億円

 ・当社は創業当時、回漕船業者として営業していたが、現在は非鉄金属の運送を主力事業として加工・保管サービスも行っている。
 ・運送業は競争も激しく価格競争が日常的であり長期の計画も後継社長の頭にはあっても社内で情報共有できる状態ではなかった。
 ・社長は、支援機関への相談を通じて知的資産経営に取り組むことをきめ、価格競争の消耗戦から離脱できる社内体質を目指すこととした。
 ・知的資産経営報告書を作る過程で幹部社員にSWOT分析をワークショップ形式で体験してもらい、当社の長期戦略が実感できるよう教育も兼ねることとし取り組んだ。
 ・当社の従業員は大企業のような集合研修を受けたことはなく、意見発表にも慣れていないため、議論を活発にさせるために中小企業診断士をファシリテーターとして参加させた。
  【効果】知的資産経営報告書を活用して従業員全員への情報共有活動に取り組んでいる。

7.あとがき
知的資産経営は昔から日本企業が意識せずに実行してきた経営戦略である。どこが違うかというと知的資産を「見える化」することでステークホルダーがよりわかりやすく経営に参画できる(協力できる)ことである。知的資産経営報告書を作成しまず見える化するところから取り組むことが企業経営者にとっては入り易いと考える。報告書を作成する過程で自社の強みが明確になりビジネスモデルが整理できる。中小企業診断士の目での内容チェックは客観性も担保されている。新規取引先の開拓、従業員研修、事業承継、M&Aなどにも活用することができる。中小企業診断士の取り組むべきテーマと考える。

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