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2012.10.23
特集:中小企業における財務デューデリジェンスの実践について
M&A実践研究会 中央支部 森 滋昭 info@mori-cap.jp
1.はじめに
(1)M&A実践研究会とは
 M&A実践研究会は、
  ・M&Aを重要な経営手法ととらえ、その戦略的活用を指導、支援するための知識の習得
  ・案件情報の交換やM&A実務を行うことによる、会員のM&Aの実務能力の向上
を目的に、2010年11月に発足した新しい研究会です。
 現在、会員数は80名を超え、毎月、専門家によるセミナーを行い、M&Aに関する知識を深めています。
 また、M&A"実践"研究会ということで、毎月のセミナーに際し、M&Aの案件に係る情報の紹介なども行い、単なる座学だけにはとどまらない、M&Aの実践を目指しています。
 M&A実践研究会は、諮問委員 7名、運営委員6名、事務局2名から運営されていますが、諮問委員や運営委員には、独立した中小企業診断士に加えて、金融機関勤務や、公認会計士・税理士などの他資格を保有している委員も在籍し、実際にM&A業務を行っています。
 それでは、M&Aとはどういうもので、どのような流れで行われているのかを見たうえで、M&A実践研究会の具体的な活動事例を見ていきます。
(2)M&Aとは

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 「M&A」という言葉からは、一般的には新聞紙上を賑わす大型の合併案件を想像するかもしれません。しかし、M&Aには、「合併」だけではなく、株式取得や第三者割当増資のような「買収」や、広くは「提携」までも含まれます。
 中小企業であっても、第三者割当増資や資本提携なども含めれば、従来からM&Aは広く行われてきました。
 特に近年、書籍やインターネットなどでもM&Aに関する情報が広く知られて、一般化したことから、今後は、中小企業においてもM&Aが経営戦略の一つの選択肢となることが予想されます。
(3)M&Aの流れ
新聞等でのM&Aの報道は増えましたが、実際にM&Aの当事者になられた方は少ないのではないでしょうか。

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 では、実際のM&Aの流れはどのようになっているのか、
  ・プレディール
  ・ディール実行
  ・ポストディール
の3つのフェーズに分けて簡単に見ていきます。
 ? プレディール
  1)M&A戦略の策定
    まず、M&Aを行うには、自社の外部および内部環境を分析し、今後どのような経営戦略を採るのかを検討します。
   
 次に、この経営戦略を実現するために必要な経営資源を補うためには、どのような企業を、どのようにM&Aをしていくのか、というM&A戦略を策定します。
  2)ターゲットの特定
    M&A戦略が固まれば、実際に、M&Aのターゲット企業を探すことになります。M&Aのターゲット企業を探す方法としては、
    ・アドバイザーや仲介会社にターゲット企業を探してもらうように依頼する場合
    ・直接、知り合いの経営者と交渉をする場合
   など、さまざまな方法があります。
  3)事前検討
    M&Aのターゲットが決まれば、実際の交渉に臨む前に、相手の企業の内容を事前に検討し、財務内容や買収価格、買収スキームなどを詳細に検討します。
 ? ディール実行
  1)基本合意書締結
    実際に、買い手と売り手が交渉を行い、買収に関して基本的な合意が得られれば、M&Aの基本合意書を締結します。内容としては、暫定的な買収価格や独占交渉権が記載されます。
    基本合意書を締結した後に、被買収企業に対してデューデリジェンスを行い、買収価格を詰めていくことになります。
  2)デューデリジェンス
M&Aなどの投資に際し、投資対象候補への調査をデューデリジェンス(Due Diligence)といいます。被買収企業を一見しただけでは、本当の企業価値は分からないため、被買収企業の実態を調査します。特に、財務に焦点を当てたものを、財務デューデリジェンスといいます。
    このデューデリジェンス(以下、DD)により企業実態が判明し、企業価値や買収価格が求められることから、DDは、M&Aのプロセスの中でも最も重要な手続きの一つになります。
 ? ポストディール
   DDの結果、最終的に株式や資産の引き渡しを行って取引をクローズし、ここから、事業の統合過程に入ってきます。
   このように、M&Aの取引はいろいろなフェーズに分かれ、多くの関係者が関与しますが、現在、M&A実践研究会では、運営委員を中心に、
    ・M&Aの候補企業の仲介(マッチング)
    ・M&Aのアドバイザリー業務
    ・M&AのDD
  など、さまざまな活動を行っています。
  今回は、私が実際に行った財務DDについて、M&A実践研究会の活動事例として紹介させていただきます。
 
2.財務DDの流れ?財務DDの事例紹介
(1)財務DDの事例概要
 今回の財務DDの対象となったのは、日本のIT関連企業(仮称A社)です。
 A社は、東京渋谷区に本社を置き、年商約20億円、純資産約3億円規模の会社です。IT技術力に優れているだけではなく、顧客へのサポート体制に強みを持つことから、業界でも評判の会社です。
 このA社をM&Aのターゲットとしたのは、中国企業です。中国企業が着目したのは、A社のIT技術力以上に、顧客へのサポート体制でした。M&AによりA社を子会社化し、A社のサービス・ノウハウを中国に持ち込むことで、他の中国企業との差別化を図り、一挙に中国の各都市に事業展開を図ろうとしています。
 今回、財務DDの依頼をしてきたのは、中国企業の日本進出コンサルティングをしている会社からでした。この会社は、当初、中国企業の日本進出サポートをしていましたが、現在では、日本企業を対象としたM&Aのアドバイザリー業務も行っています。
 今回の財務DDは、平成24年3月末時点のA社を時価純資産で評価してほしい、という依頼でした。ただし、A社の株主総会が、平成24年6月に行われることから、平成24年4月中旬に依頼を受けてから、1週間以内にレポートを提出しなければいけないスケジュールです。
 ※ 財務DDの具体的な内容や財務数値などについては変更しています。
 

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(2)財務DDの3フェーズ
  ・CA契約(秘密保持契約) ・データルームでの調査 ・レポーティング
  ・キックオフ・ミーティング
  ・リスクの検討
  ・依頼資料リストの送付
 
 財務DDは、公認会計士などの第三者の専門家が、被買収企業の決算書や会計帳簿などを精査することで、企業実態を明らかにし、レポートするものです。
 では、財務DDとは、具体的にどういうものかを、財務DDの流れに沿って、
  ・プランニング
  ・実際のDD作業
  ・DDレポートの作成
という3つのフェーズごとに、財務DDの具体的な内容とあわせて事例を見ていきます。
 ? プランニング
  1)リスクの検討
   財務DDに入る前に、決算書やHPから対象企業のビジネスを理解し、どのようなところにビジネス上のリスクがあり、それが財務上どのようなリスクとなるのか把握します。
   このように、事前にリスクを把握することで、財務DDを行った際にリスクのある箇所について重点的に手続きを行うことで、効率的な財務DDを実施します。
   今回、プランニング段階で把握されたA社のリスクは、
    ・外部環境の変化が激しい業界のため、今後の成長性に不安が残る
     (経営目標の達成が厳しい)
    ・最小限の人員体制のために、社内の管理体制が脆弱である
    ・売上計上基準について、厳格に運用されていない可能性がある
    ・赤字プロジェクトが存在している可能性がある
    ・製品・サービスの不具合にともなう瑕疵担保責任等の法的リスクの可能性がある
  などがありました。
  2)依頼資料リストの送付
   財務DDを効率的に行うために、対象企業に事前に資料を用意してもらうよう、依頼資料リストを対象企業に送付します。
   依頼資料リストはある程度は定型化されていますが、対象企業のビジネスに応じてカスタマイズします。また、事前にリスクを検討した際に、リスクが高いと判断されたエリアについては、依頼資料についても十分に吟味します。
 
依頼資料リスト(参考例)
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 ? DD作業
  1)データ・ルーム
   M&Aを成功させるためには、M&Aの交渉を秘密裏に行わなければなりません。そのためDD作業は、通常、被買収企業の一般の社員には知られないように、会社の会議室をDD作業のために借りて、データ・ルームとして会社の資料を搬入し、DD作業を行います。
  特に秘密保持が要求される場合は、外部に会議室を借りて作業を行う場合もあります。
  2)勘定科目ごとの留意点
   財務DDの目的は、対象企業の財務上の問題点を発見し、資産・負債の含み損益や潜在的なリスク要因、M&A後の正常な収益力の水準などを明らかにすることです。
  具体的な財務DDの作業内容としては、勘定科目ごとに、
    ・どのような内容となっているのか
    ・何か問題点がないか
    ・時価評価した場合どうなるか
  といった点を検討します。
   財務DDの作業を行う場合、各勘定科目での代表的な留意点や、実施する手続きとして、以下のような点があります。
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   今回対象のA社では、事前のリスク検討から、財務上のリスクが高い勘定科目として、
    ・経営目標の達成が厳しく、売上計上に疑義があることから、売上と関連する売掛金
    ・赤字プロジェクトがある棚卸資産
    ・瑕疵担保責任の履行義務等のオフバランス項目(簿外債務)
 などが、特定されました。
   財務DDでは、こうしたリスクの高い勘定科目に留意し、手続きを重点的に行っていきます。
 ? DDレポート
  DD作業が終了すれば、最後に、DDの作業中に発見された事項や留意すべき事項を、DDレポートにまとめるとともに、発見事項にもとづいて財務諸表を修正して、実態財務諸表を作成します。
  なお、実務的には限られた時間の中でDDを行うことから、DD作業と並行してDDレポートを作成します。
  1)修正内容
   修正事項としては、会社によりさまざまな内容があります。その中でも、比較的金額が大きくなりやすい科目としては、
    ・売上債権(受取手形・売掛金)
    ・棚卸資産
    ・有形固定資産
    ・退職給付引当金
  などがあります。ただし、当然、サービス業か製造業かといった業種による違いによっても異なってきます。
   今回のA社の財務DDでは、さまざまな修正事項が発見されましたが、その中でも特に金額的に大きかった事項は、最初にリスクが高いと想定していた滞留債権、滞留在庫でした。
   参考までにDDレポートから、滞留債権と棚卸資産の修正内容を要約して掲載します。
  

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1)滞留債権
 現状、2年以上滞留している売掛金残高について、全額貸倒引当金を設定していますが、過去の実績から、1年以上滞留している売掛金については回収が見込めないことから、1年以上滞留している売掛金についても全額貸倒引当金を87,560千円設定しました。
2)棚卸資産評価損の計上
 棚卸資産のうち一年以上滞留しているものについては、在庫金額の全額41,846千円を評価減し、また金額的重要性から●●商品については、当期出荷数が少ないため、簡便的に在庫金額の50%の23,546千円を評価減し、合計で65,392千円を評価損として修正しました。
2) 純資産分析
   財務DDにより発見された事項にもとづいて、財務諸表を修正しますが、特に純資産に与える影響は重要な情報となるので、純資産分析として別表にまとめ、財務DD結果を集約表にします。
純資産分析
(単位:千円)
20121023_sagawa_07.jpg
   当初、A社の純資産の簿価は328百万円でしたが、財務DDにより103百万円修正され、時価ベースの実態純資産は121百万円だったことが判明しました。簿価ベースの純資産と比べると、実態は純資産が大きく毀損していたことが分かります。
   こうした財務DDの結果は、基本合意書で決められていた暫定的な買収価格を修正するだけではなく、場合によっては、M&A自体を中止することもあります。
 
3.中小企業診断士にとっての財務DDのポイント
 財務DDを行う場合、基本的には、どのような会社でも同じ流れや手続きになりますが、未公開の中小企業の場合、上場企業と違い公認会計士による監査が行われていないため、中小企業に特有の問題点(リスク)がいくつかあります。
 こうした中小企業に特有のリスクを低減するためには、ビジネスの理解が欠かせず、中小企業診断士しての経験や知見が大変役に立ちます。
 (1)決算書の適正化
 財務DDは、時価ベースでの財務の実態把握が大きな目的です。しかし、多くの中小企業の場合、会計処理が税務基準や現金基準に拠っています。そのため、まず決算書を一般に公正妥当な会計基準に組み替えた上で、資産・負債を時価評価する必要があります。
 (2)連結ベースでの実態把握
 中小企業の場合、連結決算を行っていないため、企業グループとしての実態が把握されていない場合があります。さらに、オーナーの個人資産等も、事実上、企業グループの一部を構成していることもあります。財務DDに際しては、対象範囲を企業グループ全体にまで見直す場合もあります。
 (3)粉飾リスク
 中小企業の場合、銀行借入れなどのために、意図的に粉飾決算を行い、利益を水増ししていることがあります。あるいは、財務DDに際し簿外負債を隠す経営者もいるので、注意が必要です。
 実際、今回の財務DDの現場でも、最初にA社の買い手企業から聞かれたのは、「どの辺りが怪しいか?」、「この会社粉飾していないか?」という質問でした。
 (4)特に注意をしたいポイント
 粉飾決算で多いのは、売上・売掛金、あるいは売上に関連した棚卸資産を調整する手法です。
 財務DDの場合、通常、社内にも秘密にしているため、どれだけ実地調査をできるのか難しいところですが、可能であれば、
  ・売掛金の残高確認
  ・棚卸資産の棚卸への立ち会い
などの手続きにより、直接残高を確認することが大切です。
 仮に、直接残高を確認することが難しくとも、少し長めの期間、例えば5年から10年間の財務諸表の推移をみることにより、粉飾決算が明らかになる可能性があります。
 特に、中小企業診断士の場合、対象会社のビジネスを十分に理解していることから、実際の財務諸表の数値が、あるべき財務数値とかい離していることに気づいて、粉飾決算を発見することがあります。中小企業診断士としての経験が財務DDに十分に活かされるところだといえます。
 
4.結  び
 (1)中小企業診断士によるセルサイド・デューデリジェンス
 今まで見てきたように、通常DDは、買収側が被買収企業の実態を把握するために行います。
 しかし、近年、「セルサイド・デューデリジェンス」として、自社の事業部門を売却するにあたり売却事業を見直すため、売り手側によるDDが行われてきています。
 セルサイドDDは、売却事業のリスクとアップサイドを把握したうえで、M&Aの交渉を有利に進めようとするものです。具体的には、ビジネスの外部環境や内部環境を分析し、その中で発見された事項を踏まえて財務DDを行い、企業の正常収益力や、資産・負債の含み損益の状況を把握します。
 一方、中小企業診断士がM&Aにかかわる場合を考えると、買い手側よりも売り手側に立つケースが多いのかもしれません。
 例えば、資金調達や再生支援、あるいは事業承継問題で関与している会社が、外部から資本提携を受ける場合などです。筆者が所属するM&A実践研究会の運営委員や会員からも、このような実例を聞きます。
 こうした現状から、中小企業診断士は売り手側に立ち、リスクとアップサイドを明らかにして企業価値を高めるセルサイドDDの役割が求められているのではないでしょうか。あるいは、企業診断などを通じて、すでにセルサイドDDと同様のことを行っているケースもあります。
 (2)今後のM&A
 M&Aにもトレンドがあり、今までも、IT企業のM&Aや、中国企業によるM&Aが盛んな時期などがありました。
 これから、中小企業のM&Aに大きな影響を及ぼすのは、金融円滑化法です。
 現在は、平成21年12月に施行された金融円滑化法により、多くの企業が延命している状況ですが、来年、平成25年3月に金融円滑化法が期限を迎えれば、中小企業の倒産増加が予想されます。そのため、金融円滑化法の期限切れに向けて、こうした企業の再生が喫緊の課題となっています。
 今後、金融円滑化法後も自主再建ができない場合には、別の企業が資本提携や買収といったM&Aにより、新たなスポンサーとなって会社の再建をしていくことも考えられます。
 現在でも多くの中小企業診断士の方が、企業再生のために活動されていますが、金融円滑化法後の状況を考えると、来年以降、中小企業診断士によるセルサイドDDや、M&Aのアドバイザーとしての役割がより強く求められるとともに、中小企業診断士の活躍の場が一層広がると考えられます。

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