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2012.11.28
中小企業BCP普及の課題と 災害対策演習ワークショップの有効性
ビジネスリスク研究会 長島 孝善(城東支部)
nagashima@bizad.jp
はじめに
ビジネスリスク研究会(以降「当研究会」と略記)は2006年7月に当時の㈳中小企業診断協会東京支部城東支会において研究会現会長の阿部将美先生が立ち上げた。以来6年間にわたり月1回の定例会をはじめとした研究と活動を活発に行っている。
当研究会の研究テーマは「中小企業の経営に重大な影響を与えるリスクの研究と対応支援」であり、そのときどきに特に注目すべきビジネスリスクを取り扱ってきた。研究会立ち上げ当初は、2006年のJ-SOX法(金融商品取引法)の成立に伴い中小企業の内部統制をテーマとした。その後2008年からすでに流行が予想されていたインフルエンザパンデミックを、2010年には知的資産経営をテーマとしてきたが、2011年3月11日の東日本大震災を契機に原点に戻り、大地震を想定した事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の研究を進めている。それぞれ、企業向けセミナー開催、BCP策定マニュアルの作成(「一週間でできるBCP」パンデミック編/地震編)、本の執筆(「知的資産経営が中小企業を強くする」静岡学術出版)など、具体的な成果物を出してきている研究会である。
BCPが日本企業に知られるようになったのは、1995年の阪神淡路大震災あたりからであるが、当時のBCPは都市銀行や社会インフラ系大企業だけが作るもののように認識されていた。しかし、その後の新潟県中越地震や東日本大震災によって、サプライチェーン上にある企業が一蓮托生で被害を受けることが明らかになり、中小企業といえどもBCPを求められるようになってきている。
本稿では、中小企業にBCPが求められる背景と、その普及にあたっての課題、課題解決策のひとつとしての災害対策演習ワークショップ等の有効性について述べる。
1.首都直下型地震のリスク
(1)マクロにみた東京で想定される被害
現在東京都およびその近郊を震源とする大きな地震は4つ想定されている。直下型の東京湾北部地震と多摩直下型地震、活断層型の立川断層帯地震、そして海溝型の元禄型関東地震である。なかでも東京湾が震源となる東京湾北部地震は、マグニチュード7.3級の大型地震で今後30年間に高い確率で起こることが予想されている。

図表 1 東京湾北部地震の東京都の被害想定(都下における数値。他県分は含まず)

死者

負傷者

全壊建物

焼失建物

9,700

147,600

116,224

188,076

避難者発生

帰宅困難者

死者・負傷者

停電

339万人

517万人

9,641人・147,611

区部の25

東京都では2012年4月18日に、「首都直下型地震等による東京の被害想定報告書」で東京湾北部地震の被害想定を図表1のように発表している。震源に近い23区東部では震度6強から7が予想されており、建物の全壊、焼失、地盤の液状化はほぼこの地域に集中している。また、死者・負傷者数を近年の大震災と比較すると、9割が津波で多数の死者を出した東日本大震災とは異なり、東京湾北部地震は阪神淡路大震災と同タイプの、しかし被害においてそれを大きく上回る都市直下型地震であることがわかる。

図表 2:近年の大震災の死者・負傷者比較

阪神淡路大震災

東日本大震災

東京湾北部地震

死者

6,437

15,867

9,641

負傷者

43,792

2,906

147,611

なお、東京湾北部地震の経済被害は、直接被害と間接被害、被災地域外の経済被害も含め112兆円と試算されており、これはGDPの22%に達する。また復旧費用は67兆円と見積もられており、国家予算の約7割に相当する。
(2)企業が直面する現実
企業は東京湾北部地震において、建物・設備や人的被害のほか以下の事態に直面する。
 ① エレベータの閉じ込め
 エレベータは一定の揺れを検知すると自動停止するよう安全設計されている。従って人が乗っていた場合には閉じ込められることになる。都内の多数のエレベータが停止すると、それをリセット復旧できる昇降機検査技術者が圧倒的に足りず、救出に長時間を要するといわれている。東日本大震災では発生後12時間経過しても75台が救出作業中であった。
 ② 従業員の帰宅の抑制
 東京都では大規模災害時の帰宅困難者対策として「東京都帰宅困難者対策条例」を2012年3月31日に公布した。基本原則は「むやみに移動しない」である。これは東日本大震災よりも帰宅困難者数が大幅に増加すること、東京都自体が被災地となり停電、火災などむやみな移動は危険な状況が想定されるためである。
 企業は努力義務ではあるが、従業員の一斉帰宅を抑制し安全な事業所内に留まらせ、3日分の水や食料、毛布などの備蓄に努めなければならない。
 ③ 車両通行規制
 東京都が震度6弱以上の地震にみまわれた場合警視庁は交通規制を行う。環状7号線内側への一般車両の流入は禁止となる。また、環状8号線内側への流入は信号制御により抑制される。さらに、首都高速や中央自動車道、国道246号など7路線は、緊急自動車専用路となる。加えて23区の東部は低地部で広範囲にわたる液状化が発生し、車両の走行に支障をきたすことが予想される。この地域の企業にとって、少なくとも発生後数日間は車両による復旧支援や商品供給は期待できない可能性が高い。
 ④ 電力不足
 東京電力の火力発電所は、原子力発電再稼働の見通しがないなか、現在フル稼働の状態である。しかも多くの火力発電所が老朽化しており、その8割(15基中12基)が東京湾沿岸に立地している。東京湾内を震源とする東京湾北部地震が発生した場合、発電所の被災はもとより、港湾施設へのタンカー等着岸不能、発電用工業用水の調達不能などにより、長期的な電力不足や広域停電を引き起こす可能性がある。
2.もう一つのリスク 大規模水害
地球温暖化による集中豪雨の増加により大規模水害のリスクが年々高まっている。記憶に新しいところでは2012年7月の九州北部豪雨があるが、東京においても荒川水害のリスクが指摘されている。荒川上流(埼玉県)において3日間に550mm以上の降雨があった場合、荒川水系の隅田川北区鉄道橋付近など数か所で堤防決壊の可能性がある。国土交通省荒川河川下流事務所の想定では、北区、板橋区、荒川区、足立区、台東区は水深2~5mまで浸水し、地下鉄網を通って各駅に浸水が拡大し、都心地下鉄駅のほとんどは水没するとされている。沿岸各区では洪水ハザードマップを発表している。
3.中小企業にも求められるBCP
このように、大地震や大水害等のリスクは高まっており、また、災害発生によりサプライチェーンが寸断され間接被害まで含め被害が広域化することも明らかになってきた。もはや事業継続は自社の生存だけでなくCSR(社会への責任)の意味でも、企業規模にかかわらず重要な経営課題である。特に中小企業の場合は一般に財務的に脆弱であり経営資源が地域に集中していることから、大災害にみまわれた場合の経営ダメージは深刻である。
一方で中小企業のBCP策定は進んでいない。帝国データバンクとNTTデータ経営研究所がそれぞれ東日本大震災後の2011年6月に行った調査によると、中小企業のBCP策定割合は6.8%~9%に留まっている。その内容についても、単に災害発生時の基本的な行動を定めただけで事業復旧計画に踏み込んでいないところが相当数含まれると思われる。
このような状況に対し、内閣府、中小企業庁、東京商工会議所などの各種機関が、中小企業向けのBCP策定ガイドラインやマニュアル類を発表し取組みを支援している。
4.中小企業のBCP取組の課題
中小企業のBCP策定が進まない理由について、東京都が2009年度に都内企業を対象に実施したアンケート(回答約2,000社)では、回答の上位は情報やリソースの不足という資源的な課題であるが、以降に続くのは従業員や経営幹部の認識不足という回答である。
BCP策定は、社内の複数部門が協力し合い、それなりに時間をかけて取り組む必要がある。経営資源に限りある中小企業がBCPに取り組むには、経営トップの課題認識と強いリーダーシップ、それによる社内の積極的な協力姿勢を得ることが不可欠と言えるであろう。

図表 3BCPが策定されない理由


グラフ.JPG
5.BCP取組スタートのために
このようななか、中小企業がBCP取組を始めるきっかけの有効手段として、当研究会では「損害額簡易算定」と「災害対策演習ワークショップ」を推奨している。
(1)損害額簡易算定
実際に被災した場合に自社の経済的損害がどの程度になるかを知ることは、BCPに取り組むための大きな動機となる。
損害額は直接被害と間接被害に分けて考えるとよい。直接被害とは、建物や設備等いわゆる有形固定資産の被害額と商品や資材等流動資産の被害額の合計である。
これに対し間接被害とは、生産や販売および事務処理ができなくなることによる売上低下や債権回収遅れ・回収不能による被害額である。業種によっては、災害により需要が平時より高まる機会に対応できない機会損失額も算定すべきである。
直接被害に関しては、できるだけ被害を低減させる事前の防災対策と保険によるリスク転嫁策がある。間接被害は、BCPにより事業の復旧を早めることが対策となる。
(2)災害対策演習ワークショップ
① 災害対策演習ワークショップの概要と目的
 災害対策演習ワークショップとは、災害発生から復旧にいたる過程をシミュレーションする机上訓練である。一般にはBCPを作成した企業が単独でまたは取引先と共同で行う。内閣府は、サプライチェーン上にある製造業・卸売業・物流業・小売業による机上訓練(事業継続訓練)を実施し結果を公開している。しかし当研究会では、まだBCPを策定していない中小企業に対し、まずこのワークショップを行うことを提案している。実施によって災害発生の現実感と対応上の気付きを得、判断力を養成し、事前準備の重要性を実感することが期待できるからである。そして経営者(または後継者)にも参加してもらうことで、その後のBCP策定をトップダウンで推進できることが最大の効果である。
 具体的には、企業側3~4名で1チームとし別途経営者役も設定する。講師がインシデント(例:東京湾北部地震)発生とその後の被害状況の想定をプロジェクタ等を使って説明する。講師とは別にチームごとにファシリテータをつける。ファシリテータは参加者が活発に話し合えるよう想定状況に関する補足情報を提供したり話し合いを進める補助を行う。たとえば平日18:00にインシデントが発生し、3時間後、6時間後、12時間後、翌日、3日目、7日目というように、時間の経過とともに状況が変わるなか、緊急対応、情報収集、決済案件等必須業務への対応、中核業務の復旧を、ワークショップ形式で議論して意思決定していくのである。
② T社における実施事例
 当研究会が、2012年5月にT社において行った災害対策演習ワークショップについて事例紹介する。T社はビル管理事業を行う都内に本社を持つ中堅企業である。T社は一応BCPを持っていたが、必ずしも内容は十分ではなく、また従業員への周知はほとんどなされていなかった。実際ワークショップに参加した従業員はBCPの内容を知らず、BCP未作成企業と見なせる状況であった。
 ワークショップは平日の業務終了後17:00から2.5時間行った。ただし本来的には4時間以上かけるのが望ましいプログラムである。図表4に時間の経過に伴う状況想定と、参加者の意見や意思決定を示す。

図表 4T社ワークショップ

状況想定

参加者の意見・意思決定

平日18:00地震発生
~3H

(建物半壊、近隣火災発生、停電、通信途絶、社長不在)

隣の公園に集合する。
夜なので待機する。
メールで安否を確認する。アドレス帳に連絡先はある
私は家に帰る。
壊してでも会社に入る。
車の中に入る。ラジオで情報収集、暖房、充電ができる。
優先順位を決めて連絡を試みる。

~6H

(水がほしい、空腹、寒い、帰りたい)

危険なので帰宅させない。
情報収集をはかる。
ここにいてもしかたないので広域避難場所を探す
情報を○○事業所(茨城県)に集める。ここを災害対策センターとする。ここから役員に連絡をとる。

~12H

(駐在場所から応援要請あり)

要請に応じて行くのは危険だ。
もし電話が繋がったら、優先順位をつけて対応する。基準は社会的使命の観点。病院、学校、公共施設を優先。
情報収集は、現地備え付けのマニュアルにより○○事業所に連絡してもらう。連絡ルートを再構築する必要がある。
災害時の備蓄品は本社にはない。現場にはある。

翌日

(社長が到着し指揮を取り始める)

社長はまず本部はどこかを確認し、状況確認を行う。そして売上順、利益順に顧客対応する。
携帯電話に連絡相手の情報はあるが電源が切れ始める。そうなったらコンビニに駆け込む。
ぐちゃぐちゃな状況の現場はあきらめる。
3階キャビネットの情報は重要。取り出しに行く。

3日目

(翌日決済案件あり、金融機関は支払業務のみ再開)

決済案件は後回しするしかない。
他の地域の金融機関から払えるのではないか。
応援要請に対し、行けるところは行く。

7日目

7日で復旧目標は連絡がつけば可能。
PC
にある情報が重要だ。
近隣住民に資材の無償提供をする。

当初は顔を見合すだけで「夜だし停電しているし何もできないよ」と行動を起こそうとしなかった従業員も、時間の経過とともに自分たちで動くしかないという意識が生まれ「何とかしよう」という議論に変わっていった。これは実際の災害場面でも同様だと思われる。ワークショップ終了後の参加者の感想の一部を以下に示す。
「被害状況が見えない時、連絡方法を確保しておく必要を痛感した。」
「会社のため自分のためどっちを大切にするか。大災害時に本気で取り組めるだろうか。」
「社長不在時の意思決定に問題が多かった。」
「具体的な備えが非常に不足している。」
「BCPは内容を見直し全従業員に周知させ理解させるべきだ。」
6.知的資産とBCP
災害による有形固定資産や流動資産の物的な損害を100%回避することはできない。最終的に死守すべきは目に見えにくい資産「知的資産」である。知的資産とは、企業の目に見えない資産や強みの源泉である。これをしっかり認識して企業価値向上に活かしていく経営を「知的資産経営」といい、経営資源に限りのある中小企業がグローバルを含む競争市場の中で事業継続・発展していくための手法として、経済産業省が普及を推進している。
知的資産は個人に依存する人的資産と、組織が持つ構造資産と、外部との関係上の強みである関係資産に分けることができる。BCPにおいて注視すべき点を2つ紹介する。
1点目は、顧客情報や売掛金情報等の情報資産(構造資産)である。これらはBCP実行に不可欠でありバックアップ等で守る必要がある。
2点目はBCPに人的資産すなわち個人の能力への依存がある場合は、BCPの脆弱性が高まるということである。たとえばAさんしかできない・わからない業務が重要業務プロセス上にあるなどである。平時の知的資産経営の視点からもBCPの視点からも、人的資産は計画的に構造資産化をはかることが原則である。この場合には二人体制化や多能化、マニュアル化をはかることである。
なお、BCPは企業活動上のリスクをマネジメントしリスクに強くなるという点で、これもまた企業の持つ強みである。BCPを持ち演習を行っていること自体が、企業が持つ構造資産といえる。
7.おわりに
企業経営の共通の目的はgoing concern、事業が継続されることである。これは従業員や取引先、企業、地域生活者等ステークホルダーに対する企業の社会的な使命・責任でもある。そして事業の継続には、売上・利益等の業績をあげ企業価値を向上させる活動とともに、価値実現の前提として重要となるのがビジネス上の不確実性への対処、リスクマネジメントである。そのなかで、発生頻度は低くとも経営に甚大な影響を与えるリスクが、大地震や大規模水害、パンデミック等のBCP主検討領域である。
当研究会では今後も、BCP領域をはじめとした中小企業の重要なビジネスリスクについての研究と対応支援を行っていく。

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