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2012.12.29
生活者からみた働き方
生活者からみた働き方
人財開発研究会 坂本  晃、高橋 美紀、
        井上 敬裕、西郷 正宏(執筆順)
 従来、人事労務関係は「企業側の都合」で論じられ「生活者や働き手からの提案」は労働者としての要求の範疇であった。労使および行政の役割等との調和、そして過去から未来への歴史観、さらにグローバルな視点も踏まえ、改めて「働く」ことを考え直してみた。
 
序章 生活者にとって働くということは
1.「働く」とは?
 働くことの意義は、生活の糧を得ることと社会貢献を通じた生き甲斐の2つの側面がある。英語では、レーバー(Labor)ないしワーク(Work)の二つの言語に集約される。レーバー(Labor)は、労働、労力、 (骨の折れる)仕事、(出産の)苦しみ、苦心、といった意味を持ち義務のためにやむを得ず働くことを意味し、一方ワーク(Work)は、仕事、労働、勉強、文学・芸術の「作品」、製作、細工などのように、働くことが自分の存在の証明であることを意味しており、ラテン語の語源をたどると、製作者や芸術家を意味している。
 産業革命以降人間の能力は多様化してきたが、狭義の労働(生きるために雇われて賃金を得る)方向が主流となってきた。しかし「豊かさの社会」形成にともない、20世紀後半になると、労働に対する新しい、多様な価値観が生まれ、広義の意味での労働のあり方がみ直され、多様な労働形態が出現してきている。
  
2.労働形態の多様化
 労働、仕事、活動、思考といった能力と、想像、推理といった論理的能力すべての「人間の能力」を活用する現代社会の「広義の労働形態」の多様化は、次の視点から整理することができる。
 ① 営利に基づく労働か非営利の労働か
 ② 有償労働か無償労働か
 ③ 雇用労働か非雇用労働か
 ④ レーバー(Labor)かワーク(Work)か
 ⑤ ①~④の複合か単一か
 ⑥ ①~⑤が社会的経済・利益を目的とするか、個人的利益を目的とするか
 ⑦ ①~⑤が社会的互助・共生を目的とするか
 などのようにその組み合わせが多様化してきている。これらの多様化は、単なる生活を維持するための「働き」から脱したまさしく「豊かさ」の象徴であり、真の意味での人間としての生き方、人生の価値観の多様化の表れでもある。
 
3.何のために「働く」のか
 近年は価値観も多様化し、仕事もプライベートも充実させ、その双方があってこそ人生の充実・満足度が高くなるというワークライフバランスの重要性を人生の価値観の中心におく考えの人の割合が増加している。ここに「働く」ことの意識の多様化の源があるとともに「働き方」の選択肢が多いという「豊かな社会」の芽生えも出ている。
第一章 生活者からみた働き方
1.ライフステージ別の生活費用と収入
 そもそも、生活者は何のために働いているのだろうか。「国民生活に関する世論調査」(平成23年10月実施)で働く目的は何か聞いたところ、「お金を得るために働く」と答えた者の割合が48.2%ともっとも多いが、「生きがいをみつけるために働く」(22.6%)、「社会の一員として、務めを果たすために働く」(15.5%)という回答もある。「生活者は豊かな暮らしと働きがいを求めて」働いていると言えるだろう。(参照:http://www8.cao.go.jp/survey/h23/h23-life/2-3.html
 (1) 成人になるまで
   基本的に親の庇護下にあり、収入があるとすればアルバイトをする程度である。
 (2) 就職~独身時代
   順調に行けば、学校を卒業したら就職する。非正社員も初任給そのものに差はない。
 (3) 世帯形成(結婚・子育て)
  
 仕事にも慣れ、収入が安定してきたら結婚して世帯を持つというのが一般的なスタイルであった。生活の質を大きく左右すると思われるのが、住居費と子供の教育費である。
 (4) 熟年時代
  
 無事に仕事を「卒業」し、年金生活になった場合、「長生きリスク」も潜む。

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 ※退職金を除く、正社員(標準労働者:新規学卒として同一企業に継続勤務している労働者)のみの集計
 ※非正規社員の場合は毎月15万円で38年働いたと仮定すると生涯賃金は6840万円
2.「働きがい」と豊かな暮らしを得るために~働きがいに影響を与えるもの~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 出典:東京都「ワークライフバランス実践プログラム」(平成21年3月)
 生活者が「満足できる」あるいは「お金に困らない」暮らしを得るには、どのような要素が影響しているのだろうか。
 「格差問題」との関連で、親の収入など家庭環境が、子供の成長発達、学力、さらには就職そしてその後の働き方をも規定するという考えがクローズアップされている。恵まれた家庭の子供は良い教育でさらに伸び、有能な人材となっていくが、そうでない家庭の子供は、働きがいや豊かな収入が得られない、という指摘である。
 また、昨今は仕事以外の私生活も充実させたいという働く側のニーズが高まっている。いわゆる「ワークライフバランス」(「仕事と生活の調和」)という考え方である。

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 しかし、まだまだワークライフバランスは、主に大企業の「正社員の特権」のように捉えられている感もある。制度が整った企業の正社員でなければワークライフバランスは難しいのが現実とも見受けられる。特に、女性であれば、非正規社員で妊娠・出産退職に追い込まれるケースは枚挙にいとまがない。実際、既婚女性の場合、子供と親が健康で、夫に転勤がなく、職場の理解があり、希望の保育園に入れて、さらに身内などの援助が受けられない状況では、正社員としての仕事の継続は困難と言えよう。これを単純に「自己責任」に帰すのは酷ではないだろうか。健康で元気に働ける人でないと、正規の職を得ることは難しいのが、今の日本の現実である。ワークライフバランスが浸透して多様な働き方が認められる社会の到来が期待されるが、一方でそれ以前に、教育などの「格差の連鎖」が重なれば、自己責任ではどうにもならなくなる。
 仕事への誇りが持てずに自己の尊厳まで失いかけている生活者も多いが、働きがいを提供できない企業も多い。個人と企業との信頼関係が揺らいできているのではないだろうか。
 
3.欧州諸国の賃金カーブ
 いわゆる日本型雇用システムにおいては、若年層には低賃金だが、年齢を経るに従い賃金アップが期待でき、住宅費や教育費を賄えるようになっている。「年齢が上がれば経験値も上がるだろう」という仮説の下、家族を養えるだけの賃金を支払うのは当然視されてきた。しかし、このシステムの外にいる非正規労働者が増えており、セーフティネットの必要性が強調されている。
 さて、海外ではどうだろうか。EUや北欧では中高年になってもカーブはフラットである。それでも生活できるのは、住宅手当や児童手当などが支給され、教育費は公費負担だからである。欧州諸国も金融危機による雇用悪化が言われているが、働けている限りは「どのような雇用形態になっても、とりあえず将来は見通せる」と言えよう。
 
第二章 企業や市場からみた生活者への期待
1.企業は生活者に何を求めるか
 企業と生活者とは多角的な関係にある。まず、企業の被雇用者は生活者であり、次に消費者も生活者である。そして企業への投資家も生活者である。さらに取引先企業の被雇用者も生活者である。言わば、企業は多面に生活者と循環的で相互依存の関係にある。
 ① 労働者として
  企業は、被雇用者・労働者である生活者に良質な労働を提供することを求めている。
 ② 消費者・顧客として
  企業は、消費者である生活者に企業の製品・サービスに正当な対価を払うことを求める。
 ③ 投資家として
  企業は、投資家である生活者に自社株式を保有し企業のよき理解者となることを求める。
 
 マクロ経済から見ると、生活者は企業で働き賃金対価を受ける労働者であり同時に消費者で、投資家でもある。資金の循環がスムーズに増加し、経済の付加価値が高まるには経済の好循環の促進が必要である。すなわち、適正な雇用と賃金が安定的に得ることができ、国民が老後に安心して生活できる見通しが立てば、個人消費が高まり、企業収益も増加する。
 経済は国民心理の鏡でもあり、経済の再構築と再生を実現するためには、政治と経済に対する国民の信頼の回復と確保が不可欠である。グローバル経済への新しい取組み方と併せ、内需経済の振興のためには、「生活者」の視点から、もう一度国民経済のあり方を考えることが不可欠であろう。
 
2.生活者に対する企業の貢献
 では生活者にとって、企業とはどのような価値をもたらす存在か。社会というプラットフォームを介して「生活者」を定義する際、それは「消費者」や「労働者」同様に社会を構成する主たる存在であることには間違いないが、一人ひとりの生活者が単独で行動するのみならず、さまざまな人々や団体、機構とかかわり合いながら生きている存在であることを意識せざるを得ない。人間はただ生きていくことにおいても社会的な存在だからである。
 ひるがえって企業はどうか。「企業は社会のもの」であるとの視点に立てば、生活者にとっての企業の価値とは、社会における企業の果たすべき(果たしている)役割を明らかにすれば見えてくるはずである。それは主に次のようなものであろう。
 ① 産業(社会資本の価値あるものへの変換)
 ② 雇用(働く場の提供)
 ③ 納税(社会資本への還元)
 ④ 研究開発(科学技術や文化の発展への貢献)
 ⑤ 地域発展(地元の経済や文化、教育への貢献)
 ⑥ コーポレート・シチズンシップ(企業市民活動)
 ⑦ フィランソロピー(社会貢献活動)
 ⑧ メセナ(文化・芸術支援活動)
 ⑨ 教育(人間教育の場の提供)
 ⑩ ブランド(固有の文化的価値、イメージの形成)
 
3.生活者に対する企業の貢献~日本理化学工業株式会社の事例~
 「生活者に対する企業の貢献」という文脈で言えば、ダストレスチョークを製造する「日本理化学工業株式会社」(川崎市)が好事例である。当社では、全社員73名のうち約7割に当たる54名が知的障がい者(平成24年6月現在)である。障がい者雇用は、昭和34年に、養護学校からの要請に応じ、障がいのある学生の実習を受け入れたことがきっかけで始まった。当時彼らを受け入れた大山泰弘会長には、「働く場を提供することで働く喜びを感じてもらえる」「労働力不足が懸念される今、障がい者を労働力として活用できれば、日本経済の発展に貢献できる」という思いがある。
 もちろん、障がい者が働いているからといって品質低下は許されない。当社では社員それぞれの能力に合わせた作業基準を作り、徹底的な品質管理を行っている。また、このダストレスチョークは、ホタテの貝殻を原料に加え、ソフトかつ鮮明な書き味を実現しており、エコと性能向上を両立させており、国内シェアトップである。
 (参考:日本理化学工業株式会社HP http://www.rikagaku.co.jp/
 
第三章 生活者と企業・行政の調和
1.資本主義と生活者
 資本主義社会において、生活者は労働者と消費者という二面性を持つ。したがって、労働と消費の両輪が豊かなものでなければ、生活者は「豊かさ」を感じることができない。
 資本主義社会は、社会に資本を投下することによって、利潤や剰余価値を生む経済システムを持つ社会のことであり、より少ない労働力でより多くの財やサービスを生み出すほど労働付加価値率(労働生産性)は高くなる。したがって、労働の対価は労働生産性に応じて決まることになる。我が国の労働の付加価値率(労働生産性)は先進国の中でも低い位置にあり、日本人が1時間働いて得られる付加価値はアメリカの7割程度である。その結果、生活者としての豊かさを感じ取ることが難しい。逆に短時間あるいは適度な労働時間で高収入を得ることができる人は生活者として豊かな生活を送ることができると言える。
 
 
2.社会システムと格差問題
 自由競争社会において、経済活動の結果の格差が生じることは不可避である。収入の格差が広がるにつれ、貧困率も増加している。貧困率は先進国の中ではアメリカに次いで高い。経済格差を示すジニ係数も先進国の中で上位に位置している。
 本来、自由競争社会は、機会の平等が保証されているが、格差が大きくなってくると格差が固定されてしまい機会の平等が失われてくる。機会の平等が失われてくると、希望や意欲までが失われてくる。したがって、格差を野放しにすることは、健全な社会の形成を妨げることになり、健全な競争社会のメリットが失われることになる。

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 すべてを市場の自由に任せていては決して健全な社会システムを作ることはできない。政府・行政の介入は必至であり、その役割はますます重要になってくるであろう。
 一般的に、資本主義のタイプとしては次のようなものがあると言われている。
  
  ◦市場原理型資本主義......アメリカ型
  ◦福祉国家型資本主義......北欧型
  ◦大企業型資本主義.........アジア型
  
 日本は大企業型資本主義であったが、アメリカ型を追従して市場原理型資本主義に近づいている。現在の先進国のすべてが資本主義社会であることを考えると、現存する経済システムの中で資本主義はもっとも優れたものだということができるが、資本主義社会でおのおのが利潤を最大化していくためには、効率性とともに公平性も必要であり、この効率性と公平性のバランスを取るためには、ある程度、社会主義に歩み寄る必要も出てくる。
 また、生活者にとって生きていくために必要なのは経済力だけではない。近年一人暮らしで近所付き合いがない独身者が、誰も気づかないままに亡くなっていく孤独死が増えているが、どんなに経済力があっても人間は人とのかかわりを持てなければ健全に生きていくことはできない。なぜなら、人間は他人との関係性の中に自らの存在価値を見出すことができるからである。労働生産性の高い仕事が社会の必要性が高いかというと必ずしもそうではなく労働生産性が低くても社会から必要とされている仕事は多い。社会との関係性の中での仕事の存在価値を考えたとき「社会の役に立つ職業に貴賤はない」と言えよう。
 労働生産性が低くても社会貢献がしたいということで、社会起業家になる人やNPO等に就職する人が増えている。日本のNPOスタッフの平均年収は約200万円という厳しい現実があるが、ソーシャルビジネスの広まりを受けて、日本の社会セクターも大きく変わろうとしている。関西学院大学は社会起業学科を設置しているし、社会起業大学というビジネススクールも登場している。また、ソーシャルビジネスの低い労働生産性を補うためには寄付が重要な役割を果たすのだが、2009年には日本ファンドレイジング(寄付による資金集め)協会が設立されている。
 
まとめ 「働くことと生きることの調和=人類の知恵」
 人間の本来の使命は、与えられた環境、選択した環境の中で「自己の知育・徳育・体育を図り、心・技・体を磨き、人間としての全能力の向上を図り、社会の進化と社会の物心両面の豊かさを実現すること」ではないだろうか。この使命を発揮できてこそ人の一生は充実したものになろう。自分や家族のため、世のため、また、自らが関係している社会組織のために「働き」続けることが人間性を深め、人格を高め、人間を成長させることにもつながっていく。つまり、人は働くために生きているのではなく、人生をよりよく生きるという「目的」のための「手段」として働くのである。ただし、「生きるために働く」といっても必ずしも「生計を立てるために働く」とは限らないところに働くことの多様性がある。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「労働者」「消費者」という視点からは、人間を企業や産業の担い手としての労働力や消費力としての意味や価値でしか判断できず、また、経済的な尺度でしか評価できない。人生の目的、または人間の本質が「(よりよく)生きること」にあるとすれば、人間を「労働者」や「消費者」としてではなく「生活者(生きる者)」という視点に立って「働く」という意味を考えていかないと、真の人間の幸福のための働き方は見えてこないだろう。
 今回、我々は初めて生活者という視点から「働く」ということを捉え直してみて、個人でも社会でも、このようなアプローチが今まであまりなされてこなかったことに改めて驚かされたというのが率直な感想である。
 当研究会では、診断業務やコンサルティング業務に従事している診断士の先生方、社労士資格をお持ちの先生方、そして企業内診断士の先生方などが一緒になって実際のクライアント企業の実態を踏まえたケーススタディを中心に研鑽を行うとともに、こうしたプリミティブなテーマについても継続的に互いの知恵を結集して考察を深める機会を設けている。一見アカデミック的価値あるいは哲学的な意味を追求して現実的な問題解決や経営課題とは縁遠いことのように思えるかも知れないが、人が働くことの本質的な意味を追求することは、実際の企業経営における本質的な問題解決には欠かせないスタンスなのである。なぜなら、我々診断士は、企業の表面上の利害得失のみならず経営理念の実現というレベルでも企業経営者から頼りにされるパートナーでなければならないと考えているからである。
 
◆主な参考文献
 ・「ワーク・フェア―雇用劣化・階層社会からの脱却」山田久著、東洋経済新報社、2007年7月
 ・「格差が遺伝する! ~子どもの下流化を防ぐには~」三浦展著、宝島社新書、2007年5月
 ・「ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る」門倉貴史著、宝島社新書、2006年11月
 ・「職業とは何か」梅澤正著、講談社現代新書、2008年8月
 ・「年収1/2時代の再就職」野口やよい著、中公新書ラクレ、2004年7月
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