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2014.10.27
事業承継に取り組む中小企業診断士のための 「事業承継ケーススタディブック」の発行

東京協会認定 事業承継研究会 相川 尚之

 「事業承継研究会」は、中小企業診断士協会東京支部で結成された提案チームを母体に、平成18年度に発足した。研究会の概要は以下の通りである。
(1)研究会名:事業承継研究会
(2)発足年度:平成18年度
(3)代表者名:鈴木 勇吉
(4)会員数:93名
(5)開催日時:毎月第2月曜日 18:30~20:30(8月を除く)
(6)開催場所:中央区の区民会館

 月例会では、中小企業基盤整備機構、金融機関、M&A会社等の外部講師による施策や事例に関する講演、事業承継を行った会社の新代表者あるいは前代表者による経験談、また、税理士、弁護士等の他士業の講演、会員発表を行っている。
 月例会以外の活動ではプロジェクトチームにより「中小企業診断士のための事業承継マニュアル」(2008年2月:執筆25名)、「事業承継テキスト」(2010年8月:執筆27名)、「事業承継ケーススタディブック」(2013年10月:執筆21名)を作成した。「中小企業診断士のための事業承継マニュアル」は、事業承継支援において実践経験豊かな中小企業診断士が、この分野で活躍したい専門家のための手引としてまとめたものである。「事業承継テキスト」は、新たに施行された事業承継円滑化法の制度概要などを追加し、事業承継を迎える経営者および後継者向けのセミナーや研修会のテキストとして発行した。そして、2013年に3冊目となる「事業承継ケーススタディブック」を発行した。ここでは、この「事業承継ケーススタディブック」の一部を抜粋し概要を紹介する。
 
1.「事業承継ケーススタディブック」作成の経緯と構成
 3冊目の目的は、前2冊を踏まえて、事業承継に取り組む中小企業診断士の活動の参考になるために、より実践的な内容にすることであった。このため、理論的な内容以外に多くの事例を掲載し、事業承継を行うときによく出る課題にどのように対応したかを、事例を通して一層の理解を深まるようにした。
 構成は、第1部を理論編、第2部を事例編とした。第2部は、事業承継の一般的な4類型(親族内、親族外、M&A、廃業)に合せて事例を掲載した。各事例とも統一様式の事業承継計画表を用い概要をまとめ、また、支援の手順、事業承継者の課題に関する把握すべき項目の整理等も同じ切り口で編集したため、理解し易くなっている。また、理論編と事例編の関係を巻末に関係表を添付することにより整理した。事例編のそれぞれのページに記載されていることが、理論編のどの項目に該当するかがわかり、事例編の各課題を理論編の解説と結び付けた。
2.「事業承継ケーススタディブック」の一部抜粋
(1)事業承継の現状と主な課題
 事業承継は、「経営の承継」と「資産の承継」がある。この両方を円滑に行うためには、準備のための期間として年単位の時間をかける必要がある。準備なく経営者が亡くなった場合、適切な経営者がいない、経営者がいてもその人が事業資産を相続できない、相続人間で「争続」となり相続財産の分割が長期間できず、事業ができなくなることもある。このため、事業承継は経営者が第一線で活躍している時期から計画的に行うことが重要である。

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 事業承継のパターンは、一般的に①親族内承継、②親族外承継、③M&A、④廃業である。親族内承継は、承継する人が相続人であるか否かで主な課題が異なり、親族内でも相続人以外に承継する場合の課題は、親族外承継の課題と同様な場合が多い。
 

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(2)承継者の選定
 承継者を選定する場合、一般的には、初めに子供(相続人)を検討し、その承継が難しい場合は、次に娘婿、甥・姪などの相続人以外の親族、従業員等の社内人材、社外の人材の順番で検討する。適切な承継者が確保できない場合は、M&Aとして売却先を探し、それもできない場合は廃業を検討する場合が一般的である。
 
(3)子供への承継
 事業承継先は子供が一番多く、この年齢差は30歳前後が中心と考えられる。後継者には学卒後の社会経験から他社および自社での業務経験、経営者補佐役としての経験や人間としての成長が必要であり、育成には中長期で取り組む必要がある。また、それぞれの時期に現経営者と後継者がなすべきことには留意する必要がある。

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(4)子供以外への承継と廃業
 子供がいないか、いても承継の意思がない場合は、娘婿、甥、姪、従業員、外部招へいなどが考えられる。この場合、後継の経営者として最も適切な資質を持ったものは誰か、という観点で広く候補者を求めることができる。
 後継者に経営権だけを移して、所有権がオーナーの妻などというケースも考えられるが、将来的に問題が発生しにくいのは、所有権そのものを買い取らせて、会社の経営権と所有権を一致させることである。しかし、後継者が必要な株式を買い取る資金力があるかどうかだが、一般的には資金がないケースが多いのが実情である。さらに、現経営者が負っている個人債務保証の問題をどうするかも検討が必要となる。
 親族や社内外に事業を承継する適当な後継者がいない場合には、従業員の雇用の維持や取引先の仕事を確保し、また経営者の老後の生活資金を得るため会社そのものを売却し、第三者に経営してもらうM&Aも選択肢の一つである。M&Aでは、企業価値の向上のために、計画的に「会社の実力を磨きあげる」ことが必要である。また、事前準備段階で最も注意すべき事項は、いかにして秘密を守り、従業員、取引先等の事業関係者へ、M&Aを検討しているという情報の漏洩を防ぐかということである。
 親族および外部に後継者がいない、M&Aの買い手企業も現れない場合、廃業という選択肢がある。この場合、企業価値がプラスかマイナスかでいくつかのパターンがある。また、主要事業の先行きが厳しい場合、事業部分と所有している不動産を分離し、不動産業に転業するという方法もある。
 
(5)株式承継対策
 事業承継対策の中でも株式承継対策、すなわち先代経営者などの所有している自社株式をどのように後継者に承継させるかというのはきわめて大きな問題となる。優良企業であるほど自社株式の評価額は高くなり、株式承継を実行した場合の税額は多額となる。
 先代経営者の所有する自社株式の所有権を後継者に移転する手法は、大きく分けて「贈与」「譲渡」「相続」の3つになり、所有権移転の際の株式の評価額の算定がポイントとなる。親族外承継の場合は、後継者が法定相続人でないため「譲渡」を基礎とした手法となることが多い。この場合の最大の問題点は、後継者がどのようにして自社株式の買取資金を調達するかと言う点である。
 中小企業のM&Aは、多くの場合、株式譲渡方式と事業譲渡方式のいずれかによることが多い。M&A方式は純然たる第三者間の取引であることから、取引価額については、基本的に税務リスクは気にしなくて良い。
 蓄積した財産がある場合の廃業は、法人を完全に清算し、その財産を株主に配当する方法と、事業を廃業した後に、その財産を基に不動産賃貸業に転業する方法がある。法人を解散・清算する場合は、法人の残余財産は持分比率に応じて株主に配当されることになる。株主が個人であれば配当所得となり、最高で地方税を合わせて50%の税率の所得税が課税されるが、自由に使えるようになる点が大きなメリットである。不動産賃貸業へと転業する方法は、会社の商号が残る他、配当所得への所得税がかからないというメリットがある。

(6)相続
 資産の承継を考える場合に、まずは、先代経営者の資産を把握することから始める。事業承継の観点から先代経営者の資産をみる場合、自社株式、事業用資産、その他資産の3つに切り分けて把握することが重要である。
 資産の承継を考える上で、相続法の知識が必要となる。被相続人の財産を相続人が相続によって承継する方法には、「遺言相続」と「法定相続」がある。遺言がある場合には、遺言相続として遺言にしたがって処理され、遺言がない場合には、法定相続となる。事業承継では遺言相続が望ましい方法である。
 遺言によって法定相続のルールを修正することができるが、民法では、一定の相続人の生活保障などのために、遺言によっても被相続人が自由に処分できない一定割合を定めており、この一定割合の相続権のことを「遺留分」と呼んでいる。遺留分対策はいくつか考えられ、それぞれの対策を組み合わせることも可能である。

(7)事例の概要
 ①株価対策を優先し経営権承継を失敗した事例(親族内)
 創業者は、自社株の評価対策および承継対策として、自らの社長退任と後継者である長男の社長就任を決定し、役員退職金を受領するとともに、相続時精算課税制度を活用し、自社株を長男に贈与した。しかしながら、名誉会長となった創業者はその後もたびたび経営へ介入し、社内で強い影響力を保持したため、創業者と後継者との間で不協和音が生じていた。
 本件の相談を受けた中小企業診断士は、社内調査を実施した上で、失敗してしまった経営権の承継を立て直すための改善策を提案した。本提案は会社で採用され、事態は徐々に好転に向かっている。
 
 ②後継者と経営状況の認識を共有して成功した事例(親族内)
 当社は現経営者(62歳)が創業した金属部品製造業である。長男を入社させてはいるが、経営状況については何も伝えていない。その結果長男は前職の大会社にいた時と同じようにのんびりとした仕事ぶりで、事業承継についての心構えもできていない状態であった。
 中小企業診断士が社長に対して長男に経営状況を伝えて本人の自覚を促すよう勧め、経営状況について理解を求めた結果、長男には後継者としての自覚が生まれ、事業承継に向けての準備が進んだ。
 
 ③社内に後継候補となる複数の親族がいる場合(親族内)
 当社は現経営者(69歳)が創業した食品卸売業であるが、75歳までに後継者に経営を引き継ぎたいと考えている。
 社内に2人の息子がおり、経営に対する意欲や能力、社内の評価などから二男を後継者として指名した。長男も会社に残し一定の株式を譲渡することも考えたが、最終的に長男は退社して別会社を任せられ、株式も後継者の二男に集中させることにした。
 現在、将来ビジョンづくりをはじめ、後継者教育に取り組んでいる。
 
 ④親族外後継者に新会社を設立させ事業譲渡を計画している事例(親族外)
 経営者が従業員を後継者に選定し事業承継の準備を始めたが、自社株式の承継については評価額が高額となることから、従業員の後継者には一部だけ保有させ、多くは相続財産として相続人に残す「所有と経営の分離」で対応する考え方でいた。
 しかし、経営者が相談に訪れた中小企業診断士から、「所有と経営の分離」は後々経営者と相続人の争いの元になるので避けたほうが良いこと、自社株式が高い場合にも「所有と経営の分離」をしない事業承継のやり方があることなどのアドバイスを受けた。経営者はこのアドバイスを受入れ、従業員に新会社を設立させそこに主事業を事業譲渡する形で事業承継することを決意した。
 そこで中小企業診断士は事業譲渡方式による事業承継の進め方を更に詳しく提案するとともに、税理士(会計士)、弁護士とプロジェクトチームを立ち上げて税務法務の面でどんな問題点があるか検討を行った。
 
 ⑤親族外後継者へ株式を移行する事例(親族外)
 創業者はひとり娘の長女を次期社長とし、実力のある営業部長をその補佐役とする承継計画を立てていたが、長女が急逝し、営業部長も病気で退職した。銀行の紹介による会社売却も市況が悪化して頓挫した。途方にくれたが、偶然訪れた公的機関の相談窓口で、従業員への承継の可能性を示唆された。
 従業員の中から後継者を指名したが、高額での株式売却を望む創業者と株式買取資金が十分でない後継者との間で、利害対立が起こった。
 相談を受けた中小企業診断士は、他の専門家を交えた事業承継対策チームを作り、円滑な株式移行対策を提案した。
 
 ⑥社外の事業者に事業を承継した事例(M&A)
 当社は、前代表取締役が創業した会社であるが、過剰設備投資に加え、近年の事業環境の変化により、業績が急激に悪化した。
 当初、取締役である息子への事業承継を検討していたが、前代表取締役から引きついだ過剰債務があまりに重く、自主再建がなかなか思うように進まずにいた。
 金融機関と相談し、事業価値が毀損し、破たんに至る前に、外部のスポンサーに事業を承継することとした。
 
 ⑦事業承継と争続回避のため前向きに廃業した事例(廃業)
 小型船舶造船業を営む社長は、市場の縮小および自分と従業員の高齢化から、廃業を検討していたが、2011年3月の東日本大震災の被災を契機に廃業を決断した。社長の思いは、①従業員や取引先などの負担の軽減、②当社のDNAを引継いでいる金属加工会社の株式を自分から長男(この会社の社長)へ承継、③争続の回避を実現できることであった。
 本件は、これらの課題に対して、中小企業診断士のコーディネーター力の発揮と専門家とのコラボにより、社長を中心とした円滑な廃業と不動産M&Aの手法を活用してソリューションした、前向きな廃業事例である。

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