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2015.05.30
ケーススタディによる事業承継支援ツール

ケーススタディによる事業承継支援ツール

事業承継研究会 庭野 勉

1.開発の経緯
(1)取り組みに至る経過と目的
 事業承継研究会は、2005年10月に中小企業の事業承継支援を研究する目的で設立された。活動内容としては、月一回の定例会で、経営者や税理士・弁護士、事業承継支援機関・金融機関の関係者などを招いてのセミナー開催、さらには会員による事例発表などを行ってきた。201506_特集-2p図.jpg
 これらの研究会活動を踏まえて、これまで「中小企業診断士のための事業承継マニュアル」(2008年2月)、「事業承継塾テキスト」(2010年9月)を発行してきた。
 「事業承継マニュアル」は、事業承継支援において実務経験豊かな中小企業診断士が、この分野で活躍したい専門家のための手引としてまとめたものである。「事業承継塾テキスト」は、「事業承継マニュアル」発行後に新たに施行された事業承継円滑化法の制度概要などを追加しつつ、事業承継を控えた経営者および後継者向けのセミナーや研修会のテキストとして発行した。この「事業承継塾テキスト」は、毎月の研究会とは別に希望者を募り、プロジェクト形式で取り組んだものである。

 その後、会員の取り組み事例も増え、また、事業承継に関して中小企業診断士に対する期待が一層高まってきた状況を踏まえて、会員から新たな成果物を作成しようとする機運が生まれ、再び研究会内にプロジェクトを立ち上げ2012年7月から取り組みを開始した。
 前2冊は、どちらかというと理論編であったが、その2冊を踏襲しつつ、より実践的なものを作ろうと、目的は次の3つに設定した。
 ①生きた教材としての事例を提供し実践に使えるツールとして開発する
 ②過去のマニュアル類の検証(事例と理論の整合性、最新の統計データ類採用等)
 ③作成を通じて会員相互に学び合い、さらに実践的理解を深めること

(2)体制および取り組み
 20名の会員がプロジェクトに参加したが、特に今回は、研究会会員としても増えている弁護士・税理士等、他士業の資格を持つ会員の参加を得て取り組むことができた。事業承継は、経営と財産の2つの側面から取り組む必要があるが、弁護士・税理士の参加により財産の承継についてより深くまとめることができた。中小企業診断士だけでなく、他士業との連携が課題解決に必要となる事業承継支援という性格上、非常に有意義であったと言える。
 2012年7月のキックオフミーティング以降、事例を持ち寄り、定期的に打合せを重ね、2013年10月に冊子が完成した。

2.基本的な考え方
(1)総論の解説と事例で理解を深める
 総論と事例に一通り目を通すことによって、事業承継における課題全体に対する支援の流れがイメージできる。総論では直近の動向も踏まえ、支援にあたっての基礎的な知識を解説している。例えば、年齢が離れた後継者に対して経営課題の共有化とともに、段階的に引き継いでいくことの重要性を各段階における留意点とともに解説している。成功事例とともに、後継者の理解が不十分であったり、承継後に経営者が介入を続けたことによって、失敗した事例も解説している。理論と実際の事例双方に触れることによって理解を深め、実際の相談対応の場面で経営者に対して留意点として紹介し、解決の手がかりとして活用できる。
 また、巻末に、キーワードで総論と事例の関係を整理しており、索引として活用できるようにすることによって、単なるチェックリストとは違い、事例を踏まえて初心の支援者でもイメージを膨らませることが可能となっている。

(2)事業承継の4類型に合せた事例により支援の取り組み手順を実践的に理解
 事業承継の一般的な4類型(親族内、親族外、M&A、廃業)に合せて7事例を掲載しているが、各事例とも統一の事業承継計画にそって概要をまとめ、支援の手順と事業者の課題に対する把握項目を整理している。また、取り組み経過についても時系列的に整理している。このことによって、支援者が新たな案件に取り組む際には、手順や発生する典型的な課題をあげることができ、解決方向について事前にシミュレートすることも可能である。

(3)他士業からのアドバイスを掲載
 株式譲渡や「争族」回避等、財産の承継課題では他士業との連携が重要となる。今回、弁護士や税理士といった他士業の資格を持つ会員が参加し、4つの類型で起こった財産承継問題に対して、税務・法務面で的確に解説できており、今後同様の問題が発生した場合の参考になる。また、今後連携する場合のポイントが明確になっている。さらに、総論において基本的な理解を深め、各事例に対する具体的な解説によって、留意点が一層鮮明になっている。

3.構成
 全体の構成は、次のとおりである。

【第1部】(総論)
①事業承継の現状・課題
 中小企業白書等のデータをもとに現状や経営者の抱える課題等を整理
②相続人への経営の承継
 子息・子女への承継について、事業承継計画策定と後継者育成を関連付けて留意事項について解説
③相続人以外への承継
 親族外あるいは相続人以外の親族などが承継する場合の後継者の選定、承継計画の策定、後継者の育成、およびM&Aについて解説
④廃業
 廃業のパターンなどについて解説
⑤株式承継対策と税務
 事業承継の4パターンごとに自社株式の承継方法について解説
⑥相続
 資産の承継について、主に遺留分対策や円滑化法の民法特例等を含めて解説

【第2部】(事例)
①株価対策を優先し経営権承継を失敗した事例(親族内)
②後継者と経営状況の認識を共有して成功した事例( 〃 )
③社内に後継候補となる複数の親族がいる場合( 〃 )
④親族外後継者に新会社を設立させ事業譲渡を計画している事例(親族外)
⑤親族外後継者へ株式を移行する事例( 〃 )
⑥社外の事業者に事業を承継した事例(M&A)
⑦事業承継と争続回避のため前向きに廃業した事例(廃業)

<参考資料>
第1部と第2部の関係表

4.ツールの特徴と活用方法
(1)事例を通じた取り組み手順の提示
 各事例とも同一の項目立てで構成されており、概要を分かりやすく整理するとともに、課題に対して把握すべき基本項目や、取り組みを進める際の基本的な流れをイメージできるようになっている。また、中心となる事業承継計画表も統一様式で再整理し、モデルになるよう工夫している。
 事例の流れを整理すると以下のとおりである。
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(2)統一的な事業承継計画表の活用
 事業承継の課題対応のなかでは、経営者との間で目に見える形の計画表を作成し確認することが重要であるが、本ツールでは、一般的な計画表の項目立てに合わせ、各事例で統一様式の計画表で整理している。このことにより事例の全体像が分かりやすくなっているとともに、今後、案件に取り組む場合のモデルとして活用することが可能となっている。
 計画表の構成は、次のとおりである。
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(3)事例と総論での解説の連動性
 各事例における取り組みの経過に沿って、より理解を深めるために、巻末に関係表を整理し、各課題に対して第1部の解説と結び付けている。
 事例4を例に取り、具体的に一部を紹介する。
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5. 本ツールの普及と今後の活用
 本取り組みは「事業承継ケーススタディブック」として300冊印刷し、当研究会会員はもとより、希望者に有料で配布し、実際の支援において活用されている。
 また、関東経済産業局や(独)中小企業基盤整備機構、(公財)東京都中小企業振興公社等の行政機関や支援機関、都内金融機関等にも配布し、事業承継支援での中小企業診断士の果たす役割の重要さを訴えることができた。
 なお本書は、本研究会がこれまで作成した2冊のマニュアル類と併せて、事業承継課題に対する支援に際して活用できるものと期待している。

6. 今後の課題
(1)事例の蓄積
 現在、経営者の高齢化と後継者不足等、事業承継に問題を持つ事業者が増加しており、専門家に対する支援ニーズが高まっている。様々な支援機関や団体からの刊行物や一般書籍で事業承継に関する解説書が出版されているが、経営と財産の承継について併行的に取り組んだ事例の解説書はまだまだ少ない。
 当研究会の活動として、引き続き経営者や各専門家の講演等を通じて実践的ノウハウや情報の蓄積を図っていくとともに、今後も中小企業診断士が実際に携わった生の事例を収集し、様々な場面で効果的な支援ができるようなツールを作成していきたい。

(2)後継者育成への取り組み
 本冊子でも後継者教育の重要性や手法等について総論および各事例において触れているが、今後の課題としては、後継者育成に関する体系的なマニュアルやツール類の開発と整備を図っていく必要があると考えている。

 なお、本冊子は、当研究会で余部を持っており、希望者に対しては有料で配布している。

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