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2015.09.28
昨年度の研究成果~デザイン思考によるイノベーション

経営イノベイション研究会 代表 井上 美夫

1.研究テーマ選定の背景

 日本企業における意思決定は、市場調査・分析による客観的な事実を基に、組織立って合理的に決定することが求められてきた。従って、市場への投資効果や競争相手企業への優位性確保などの事前評価が求められ、これを確認するまで意思決定が延ばされる。しかし、これは大量生産・大量消費時代の物質・有形の資産が中心のモノ経済モデルで通用したことである。現在は、過去の延長に未来は見えず、未知数の市場、顧客もまだイメージにない潜在ニーズなど、価値の源泉が原料から製品、サービス、そして経験へと移り、直感的な志向から仮説を設けて実験を行う創造性、主観的意思決定がスピード感をもって求められるコト経済モデルへと移っている。また、知識社会と言われた優位性も、インターネットによって知識は瞬く間に世界に拡がり陳腐化し、コモディティ化する社会へと変貌した。世界を席巻した日本の技術立国代表企業が市場から撤退を余儀なくされている姿は、技術や品質のみではなく、魅力要因の創出へ、創造性を資源として価値を生むことを重視する世界に進展していることを示している。

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 経営者は、経済性・文化性・社会性の最適解ビジョンを構想し、自社らしい最適解をビジュアル化しつつ精緻化して、アクションにつなげて社会や社員に示す会社のデザイナーとなった。つまり経営がデザインそのものになっている。

 一方、技術としてのデザインも機能性を追求する人間工学的デザインから、需要を喚起するモデルチェンジなどの見栄えを良くするデザイン、モノだけではなくサービスなどのソフトデザインやビジネスモデルのデザインへ拡充し、企業のすべてのプロセスを通じて顧客の経験をデザインする技術へと広がってきており、対象がモノから経営そのものにシフトしてきている。イノベーション研究には必ず表出する傑出した人材を中小企業が求めるべくもない。組織とプロセスでイノベーションを興す手法として「デザイン思考」を、またイノベーションを興す「場」の研究を行い、中小企業の経営に資することができればと考えた次第である。

2.デザイン思考とは
 デザイン思考は、社会をよりよく変えるためのイノベーション技法として誕生した。人間主体の発想でイノベーションを起こし、社会に新たな価値を提供することがデザイン思考の目的である。特集-2p-表1.jpg
デザイン思考では5つのステップでイノベーションを生み出す(表1)。デザイン思考の考え方、方法を理解し、活用することで、イノベーションを生み出すことが可能である。
【STEP1 深いニーズを知る(共感)】
  人々の気持ちに共感することで本当に求めているものは何かを明らかにする。ニーズには、「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」があり、理解するためには、①「観察」、②「共感」、③「洞察」の段階を踏む。
【STEP2 問題点とゴールを決める(問題定義)】
  エネルギーを集中させ、もっとも効果を見込めるポイントを明らかにすることを目的とする。①問題を構成する要素を明らかにし、②さまざまなアクションとその結果を想定、③もっとも効果が見込まれる課題の順で行っていく。
【STEP3 アイデアを生み出す(創造)】
  アイデアを生み出すために必要なことは、たった一つの優れたアイデアを生み出そうとするのではなく、可能な限りたくさんのアイデアを量産すること、および、アイデアを生み出す段階と評価する段階をきちんと分けることである。アイデアとは「既存の要素の新しい組み合わせ」を意味し、少しでも多くの情報を集め、少しでも多くの経験を積み、慣習を打ち破るという意識で、すでにあるものを利用し、新しい組み合わせを考えることでアイデアは生まれてくる。
【STEP4 アイデアを形にする(プロトタイプ)】
  試しにプロトタイピングを作るということであり、アイデアを具現化していく過程である。具現化させることで、ユーザーへの共感が高まり、作る過程で、よりよいアイデアを手にすることもできる。この過程で大切なことは、確かめたいことを事前に決め、確かめたい部分にだけ特化したプロトタイプを作成するということである。①頭の中でアイデアを固め、②手を動かし、③形を作り、④目で見て確認し、⑤さらにアイデアを練る、というサイクルを繰り返していく。チャレンジ、失敗することでアイデアが洗練されていく。
【STEP5 アイデアを評価する(テスト)】
  問題解決のために考え出したアイデアが、当初の意図とおりにうまく機能するかどうかを確かめる。対象者の誰でも解決策を活用できるかという「再現性」、感情的な視点からアイデアの納得感や重要性を検証する「妥当性」の2つの側面から評価を行う。妥当性の検証では、ユーザーが得られるメリットは明確か、そのメリットが得られるとユーザーにうまく伝わっているか、これらを重要視することで妥当性を高めることができる。
  後にユーザーからのフィードバックをもらうことも重要である。その際気をつけるべきことが2点ある。1つは「予期せぬ成功を受け入れる」ということである。2つ目は「答えを推測しない」ということである。想定と違う利用方法や効果、予想外の発言であっても、否定せず受け入れることが必要である。

3.意味のデザイン
 イノベーションを興し創造性を経営に活かすために、「デザイン思考の5つのステップ」に共通して重要なこととは、視野を広くし、正しい方向性を確保し、本当に必要な目的に向かって英知を傾けることである。あたり前のことではあるが、この「意味のデザイン」は本来の評価軸さえも変えてしまう不思議な魅力を持っている。ここでは、その例として4つの視点から「意味」をデザインしている。特集-3p-図.jpg
① 事業目的を見直す。
 従来の自社の利益を最大化する営利事業から社会的利益の追求へとソーシャルビジネスへの転換や、CSR(企業の社会的責任)からCSV(共通価値の創出)へ持続可能性を高めるなど。
② 製品・サービスの目的(本来の意味)を見直す。
 「もし私が顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らはもっと速い馬が欲しいと答えていただろう。」(ヘンリー・フォード)顧客がまだイメージできていない潜在ニーズを掴むことが必要である。
③ 目的と手段の関係を見直す。
 日本は「手段」が豊富、でも「目的」を忘れているケースが多い。手段に囚われすぎると、本質を見失う。まず「利益」ではなく「よい目的」を考えるビジネスを実践することが重要である。
④ 枠組みを変える。
 上記アフリカのある国の市場調査報告は、リフレーミングの例であるが、捉え方次第でさらなる取組みが可能となる。

4.デザイン思考の事例
(1) 3Dプリンタ革命とデザイン思考
 「3Dプリンタ」とは、紙プリンタが平面(2D)に印刷するのに対し、3Dデータをもとに立体造形(3D)することのできる機器を指し、2013年が家庭用3Dプリンタ元年となる。
 特長としては、①中空形状や複雑な内部形状も造形可能(切削では不可)、②複数の異なる材料部品が一体化された状態を一度で造形可能、③誰でも毎回同質の物を造形できる(操作者への技術依存なし)、④モノづくり経済を、大量生産から職人モデルへ回帰させる可能性などがある。
また、応用分野には、機械(試作やモックアップ)、建築(建築模型)・医療(術前検討用モデル)、教育(モノづくり教育ツール)など広範囲に適応されている。

1) 第3次産業革命
 モノ(リアル)の製造革命は、情報(ビット)革命(20世紀後半)と比べ5倍以上の経済規模であり、革命としての影響力が大きい。資本家でなくともグローバルに起業(=民主化)でき、「もの作り」のデジタル化により、個人によるデスクトップ製造業(メイカーズ)が可能となる。資金調達では、クラウドファンディングが拡大中であり、個人製造業の起業を加速させている。まさに産業革命となりうる規模と影響度である。

2) 製造業の未来
 参入障壁が低く、起業家精神をくすぐるモデルであり、利益よりも自己の充足を重視する企業家が多く出現しやすく、起業家コミュニティーが成立しやすい。このような社会は先進国では達成されやすく、結果的に先進国も低コストで挑んでくる発展途上国と同じ土俵で戦えることになる。
 
3) デザイン思考から見た『3Dプリンタ革命』
① 共感:情報革命が先行する一方、モノの製造革命が遅れており、情報のグローバル化が進む中で、モノづくり分野での革命が求められていた。
② 問題定義:手法・材料・装置本体 等の開発が長く続いたが、ようやく「ダーウィンの海」を乗り越えた。当初の課題は、汎用材料が一定の形状精度で加工可能な低価格3Dプリンタ本体の一般への普及であった。
③ 創造:金属を含む各種材料に対応した各種手法が開発されてきた。
④ プロトタイプ:要素技術の進展により、種々の機能・価格帯の装置本体が開発・商品化され、市場に広く出回った。
⑤ テスト:現状では、対象材料の拡大と、形状的・組成的な精度の向上に向け改善途上にある。グローバルなモノづくりSCM体制に向けてのさらなる発展のためには、CADデータ等の知的財産・知的資産の保護の仕組みが弱く、さらなる技術的なブレークスルーが必須となる。

(2) 社会システムの変換
 従来の主に行政による地域課題解決方法は、制度的裏づけをつくり、それに沿って予算をつけ、国⇒都道府県⇒市町村⇒民間の委託者と指導と予算を降ろしていく方法である。しかし、この方法は、①十分な予算が確保できない、②行政は人手不足であり十分な指導が行き届かない、③限られた課題に対してしか適応できない、④法制面で縛られて自由な発想や行動ができない、⑤あくまでも縦割であるため横断的課題に対応できない、⑥多様な地域資源の活用が難しいなどの問題があり、また、現代地域で起こってきている新しい課題に対応できないという欠点を抱えている。
 これらは課題解決手法における欠点であるため、現在の複雑に絡み合っている課題を解決していくためには新しい発想により、多様な地域資源を有効に組み合わせていく解決の仕組みが必要である。図1はその概念図であり、図2は障害者福祉施設で課題となっている工賃向上をどのようなネットワークで解決していくかの1案である。
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 障害者施設(就労支援B型)ではいろいろな課題を抱えている。①まず人手不足があげられる。受注活動に従事できる専任者を置くだけの余裕がなく、営業活動が十分にできない。②受注時駆け引きに合って受注単価を上げられず、低く据え置かれているということがある。③受注できると、短納期のために急に忙しくなるが、その仕事が終わると次に受注できるまで仕事のない期間ができ、稼動率を一定に保てないことなど、さまざまである。

 この1案はそれらの課題に対応するために積極的な取り組み姿勢の事業所で共同受注組織を作り共同することで上記①②③の課題を解決しようとする案である。福祉事業所だけで組織の設立や運営ができない場合は地域のNPO法人や地域の人材などが手助けすることで運営も可能になる。この仕組みでは地域のNPOだけでなくいろいろな資源を動員して受注活動、品質管理、納期管理、マニュアルづくりが可能になる。行政や企業の信頼を高めることで共同受注組織の運営をビジネスにしていくことができる。
 
5.今後に向けての課題整理
 デザイン思考は、アメリカのデザインコンサルティングファームIDEO社のコンサルティングノウハウから発展し、アップル(Apple)社の初期のマウスや、パーム社のPDA(Palm V PDA)、無印良品の壁掛け式CDプレーヤーを生み出したことで知られ、P&GやGE、サムソン、ノキアといった大企業が事業戦略に導入するなど、世界的に注目を集めている。
 当研究会でもその手法を学ぶべく、「デザイン思考によるイノベーション」をテーマに研究してきたが、まだまだ手法を使いこなすまでには至っていない。今年度は、新たなテーマとして「場」を取り上げているが、再度、「デザイン思考」をテーマに取り上げて研究を深め、実務でも活用できるようにしたいと考えている。

6.研究会の紹介
 当研究会が発足したのは、リストラの嵐が吹いていた1996年(平成8年)である。設立メンバーは、リストラよりも新しい経営手法を追求しようという想いをもって研究会を立ちあげた。設立目的は、中小企業経営診断支援の資質向上に資することであり、経営手法の研究と経営課題解決法の実践的研究活動を行っている。特に、経営イノベーションを「価値の増加や全く新しい価値の創造」と解釈し、企業が抱えている困難な経営環境を克服でき、成長戦略を実行し経営ビジョンを実現させることに貢献できる活動をそのテーマとしている。
 日本経済社会の基盤を支える中小企業が「経営イノベーション」を起こすことにより、継続的に企業変革し、さらに発展・成長し、その結果、日本の将来社会が繁栄できると確信し、「経営イノベイション研究会」が微力ながら社会貢献したいと研究活動しているところである。
 さらに、①中小企業の経営イノベーションを支援できる実践的経営手法の確立とその実践、②中小企業を指導できる実践的な人材の育成、③会員相互の情報交換と親睦、人脈形成ができる研究会を目指している。特集-7p-写真下.jpg
また、会の運営方針は;
 ○毎年テーマを設定し、そのテーマに関する会員の自主研究発表と自由な意見交換
 ○参加した全員が充実感を持って帰れるように自由闊達でフレンドリーな雰囲気
 ○プロコン、社内診断士など肩書き、年齢も関係なく率直な意見交換を行うことで、人間関係の形成とコンサルとしての力量を磨く
 研究会は、毎月第3水曜日の18:30から約2時間行っている。研究会の見学・飛び入り自由で無料であり、常に外部に開かれている。

7.10年間の実績
●2006年度:BSCを活用した優良中小企業の戦略分析(日本経営品質賞大賞(中小企業部門)受賞企業:イビザ、ホンダクリオ新神奈川、武蔵野)
●2007年度:BSC事例研究(千葉ゼロックス、福井リコーなど)、ホンダカーズ中央神奈川の見学会と感想文、『バランススコアカードによる中小企業の戦略分析~優良企業の研究』:小冊子(写真(右下))にまとめ会員に配布特集-7p-写真上.jpg
●2008年度:中小企業(3社)のBSC作成支援および報告会。併せて、実務ポイントを取得。
●2009年度:昨年度、『バランススコアカードの知識』(吉川武男)をベースにしてBSCを実践した際に生じた問題点・課題を各章・各ステップの担当を決めて検討・討議
●2010年度:『バランススコアカード実践時の問題点・疑問点に関する検討』(小冊子(写真・上右))にまとめた。
●2011年度:会員による研究発表の他、外部講師による講演を実施(講師:永和総合事務所代表税理士 原田佳明氏)
●2012年度:①会津若松経営品質賞受賞企業3社の探訪ツアーを実施(オノギ食品、向瀧(旅館、写真(下))、会津若松三菱自動車販売)、②共催セミナーの開催(テーマ:福井県済生会病院はなぜ経営革新ができているのか。講師は福井県済生会病院 事務副部長兼企画課長
●2013年度:各メンバーが研究していることをテーマに取り上げ発表した。
●2014年度:デザイン思考によるイノベーションをテーマに会員が発表した。

●2015年度:イノベーションを興す「場」をテーマに会員が研究発表をしている。

執筆担当:岩橋 秀高、長島 博、濱田 良祐、井上 美夫 他

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