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2015.12.26
アグリビジネスにおける都市部のマーケットリサーチツールの開発と実践

アグリビジネス研究会 松井 淳、細野 祐一

はじめに
 アグリビジネス研究会では、流通チャネルを切り口として農産物および食品加工品の市場調査に使える汎用的なツールを開発した。
 このツールの利点は、消費者ニーズを極力具体化・定量化し客観的に調査することにより、農産物加工品の潜在需要を把握することができ、商品開発の方向性の決定、効果的な販路開拓、販売促進活動に役立つ点である。
 当研究会では、本ツールを、A県B町の山菜加工品の有償の市場調査プロジェクトに適用し、クライアントより高い評価を獲得することができた。

1.ツール開発に至る背景
(1)食農産業にとってのマーケット調査の必要性
 近年、食品産業の市場の停滞に伴い、商品間・産地間での農産物や加工品の競争は激化し、ブランド化に成功したものは都市部において高い価格で取引される一方で、市場価値が低いものは低価格化が続くなど、二極化の様相を見せている。
 高付加価値化と販路開拓が大きな課題となる中、農産物の主生産地は農村地域であり周辺需要が限られることと、生鮮品のままでは保管・流通方法が限定されることから、扱いが容易で付加価値の高い加工食品に加工し、地域農産物の加工品の販路開拓に取り組む農業経営体は多い。しかしその多くは、都会の人々のニーズが掴めずに、販路開拓やブランド化に苦戦しているのが現状である。
(2)アグリビジネス研究会の取り組み
 当アグリビジネス研究会では、農産物の生産から販売までのアグリビジネス全般の研究および診断手法の開発を進めており、農商工連携や6次産業化というテーマで診断士の活躍の場を開拓してきた。特に、東京という大都市を拠点に活動しているという利点を生かし、いくつかの農産物や加工品の流通加工に関するマーケット調査に取り組んできた。
 たとえば、北海道ジンギスカンの需要調査、焼き鳥店の店舗実態調査、土壌改良剤と機能性野菜の市場調査、などを行ってきた。
 これらの調査では、食農業界に詳しい中小企業診断士が中心となり、個別に調査方法を組み立て、調査してきたが、個人のノウハウをツールに落とし込んで食農業界の診断経験が少ない人でも実施できるよう、市場調査ツールの開発に取り組むことにした。
 

2.開発したマーケットリサーチツールのコンセプト
 農産物および食品加工品業界の特徴として、流通構造の複雑さがあげられる。生産者(農業経営体)、卸売業者(卸、仲卸)、加工業者(1次加工、2次加工)、小売業者、直売店、飲食店などが複雑に絡み合っており、商品の提供形態も生鮮(常温、冷蔵)、1次加工、中食(持ち帰り)、外食(飲食)と多岐にわたる。
 これらの複雑な流通形態は、食品に関する多様な消費者ニーズに応えるために、発展分化してきたともいえる。

201601-7p.jpg そこで、本マーケットリサーチツールでは、流通業者を切り口として、想定するターゲット顧客層のニーズを直接的および間接的にとらえることとした。ターゲット顧客層のニーズを仮説として作り、その仮説に基づいた調査項目を、流通形態ごとの調査項目と調査プロセスとして標準化して整理する(流通経路別ツールキット)。この調査項目と調査プロセスには経験者の調査ノウハウを盛り込み、経験の浅い診断士でも一定品質のマーケット調査が実施できる構造になっている。

 本マーケットリサーチツール開発の特徴・利点は、次の3点である。
 ① 流通経路に着目して網羅的に捉えたこと
   小売店、消費者、飲食店、食品加工業者、卸売業、ネット販売業という、農産物加工品の販路を網羅し、各販路の特徴を踏まえた調査項目と手法をまとめている。基本的にほとんどの加工食品に適用できる汎用的なものになっている。小売業や飲食業は、さらに細分化し、顧客層や購入動機別の売り方も調査できるようにしている。
 ② 調査対象に沿った帳票・手順、ITツールを準備したこと
   調査対象に基づき、調査が多面的になるよう質問項目を洗い出した。店舗の観察では、品揃えや顧客への訴求の様子がわかるようにし、消費者への調査では、出身や環境で好みに違いがでているかなど、ヒトに焦点を当てた調査項目を洗い出した。このように予め調査項目を決めることで、調査担当者が異なることによる調査結果の違いが出ないようにした。
   また調査対象によってツールの媒体も揃えた。小売店の観察は基本的には調査員が店に行き観察する手法となり、紙に記入する方式にした。個々の消費者へのアンケート調査は、ITを活用しネットで声を拾うようにした。この手法では、簡単に多くの声を拾うことができ、集計も簡単にした。また情報収集と分析が並行して行えるようクラウドを活用し情報共有もできるようにした。
 ③ 多面的な分析の切り口を整理したこと
   小売店、飲食店、食品加工業、卸売店などで、一般的に活用できる分析の切り口を準備した。また消費者アンケートにおいては、アンケート項目間での相関分析を準備し、ターゲットとする顧客層とニーズの関連を分析できるようにした。

3.マーケティングリサーチツールの具体的内容
 リサーチの目的を「首都圏における『特定農産物およびその加工品』の消費者や食品関連業者の購入・仕入ニーズを調査する」と仮定して、以下のようなツールを設計した。

(1)調査対象の範囲
 本ツールを開発するにあたって、農産物およびその加工品のマーケティングの観点から、どんな製品であっても調査が必要になると思われる調査対象範囲を列挙して、調査対象を以下のように設定した。
201601-8p.jpg 上記は1次データであるが、①~⑥の調査を効率的、効果的に行うにあたっては、2次データによる事前調査を行っておくことも重要である。2次データの調査としては、以下の分野を挙げた。

201601-9p-1.jpg

(2)ツールの内容
 各調査対象に応じて、以下のようなツールを開発した。

201601-9p-2.jpg201601-10p.jpg

4.本ツールの活用事例と成果
(1)本ツールの提案事例
 本ツールの基本構成を作成したのち、当研究会の会員経由で、ある農産物生産者から、A県B町における「地域経済循環創造事業」(注1)への公募の話が持ち掛けられた。応募テーマが地域農産物(山の幸)の加工販売による地域のブランド化と農産物加工品の拡販であった。そこで当研究会では、同事業への応募にあたって、当ツールを用いた首都圏における販路開拓の可能性に関しての基礎調査の実施を提案した。その提案が無事採択されたため、有償での調査を受注するに至った。
(2)本ツールを活用したプロジェクトの実施
 提案内容の通り、調査事業の受注を受けて、本ツールを用いた包括的な市場調査を、平成26年1月下旬~2月の1か月余りで実施した。
 実施に当たっては、既存の標準ツールに以下の3点をアレンジして活用した。
 ① 特に依頼元の農産物生産者の関心が高いと思われ、小売店および飲食店に対しては、会員の紹介を通じて実際の食品サンプルを渡して、商品価値に対する評価も行ってもらった(合計7件)。
 ② 依頼元の農産物生産者の農産物およびその加工品は流通量の少ないものであったため、卸売業者への定量的な調査は実施せず、会員の紹介を通じてのヒアリング調査にとどめた。
 ③ 加工品に対する調査は、加工業者が全国に広範囲に分散していることが判ったため、インターネットによる調査にとどめた。また、具体的な農産物および加工品を想定していなかった標準ツールでは、調査項目に掘り下げ方が足りない部分があったため、本調査の受託を通して更に標準ツールの完成度を挙げながら作業を行った。最終的には、小売店調査(40件)、消費者調査(150件)、飲食店(20件)、加工業者(20件)、卸売業者(3件)に対する調査を実施し、報告書(本編46ページ、調査データ73ページ)を作成した。

(3)ツール適用の効果
 ① 依頼元の農産物事業者から、今回調査結果について、顧客より「予想以上のでき栄えだ」と高い評価を得た。本案件は東北地方の事業者であったため、「首都圏(都会)での、商品の使われ方、消費者ニーズや、販売現場での売られ方が分らない。本調査を通して、首都圏での販売機会の全体像を広く浅くとらえることができた」、との評価をいただいた。その事業者は、順調に基礎調査段階を終了し、首都圏でのテスト販売活動のステップへと進んでいる。
 ② 中小企業診断士として、診断調査プロセス面で、以下のような3つの効果が得られた。
  ・スマートフォン活用による調査効率の向上:手軽に回答できる利便性のおかげもあり、メインターゲットである女性の回答比率を高めることができた(40%が女性)。またWEBを使った消費者調査のため、2週間で150件ものアンケートを集めることに成功した。
  ・効果的な作業分担により短期間で多くのデータ収集が可能に:10名あまりのメンバーで実施したが、調査フォーマットが定義されていたため、調査と分析・執筆作業を分離して分担することができた。具体的には、小売店・飲食店の調査はメンバーが自宅に近い地域で効率的に分担調査を行い、データの分析と執筆はそれぞれ担当の調査対象を決めて責任をもってまとめる形が取れた。それによって多くのデータを短期間で集めることができ、調査の信頼性を高めることができた。
  ・クライアントへの効果的な提案:提案時に標準ツールを使って調査項目や内容を明示したことで、農産物・加工品分野での調査ノウハウと実績があることを訴えることができ、本研究会を交付金事業の実施パートナーに選定してもらうことにつながったと考えている。提案に当たっては、調査項目が当初からわかっていたため、今回のような短期間の調査であっても、具体的な調査実施件数等について、安心して提案時に見積ることができた。

5.今後の課題
 今回の成果を受けて、さらに、横展開を図りながらツールの精度、適用範囲を広げていくことが課題である。
(1)農業の経営診断テンプレートとして整備し活用を促進
 マーケットリサーチツールを、農業経営の経営診断に結び付けられるように、経営診断用テンプレートとして整理してアグリビジネス研究会内での活用を促進する。
 また活用した結果を研究会の中で共有し、活用ノウハウの蓄積を進めていく
(2)適用領域の拡大
 アグリビジネス研究会の一つの診断メニューとしてJAや農業団体にアピールしていく。
 また、農産物加工品だけでなく、生鮮農産物、農業サービス(観光農園等)、水産業等周辺分野へも適用をすすめる。
 さらに将来的には、農産物の海外展開に役立つよう海外の都市部のマーケット調査にも活用できるようにしていきたい。海外における日本食人気やTPPによる自由化を見据え、高品質の農産物をアジアや欧米への輸出に取り組む事業者も出てきている。これらの事業者を支援できるツールとしても展開したい。
(3)適用情報の蓄積によるリファレンスモデル作りとその活用
 多くの調査に同じ手法を適用し、調べた情報を蓄積しデータベース化することで、リファレンスモデルとして活用することが可能になる。たとえば、ある作物の需要調査において、その類似作物の調査結果があれば、需要がある市場が類推でき、より精度の高い調査が可能となる。


(注1) 総務省主宰の交付金事業で、産学金官連携により、地域の資源と地域の資金を活用して、事業を起こし、雇用を生み出すモデルの構築を行う自治体を支援するものである。

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