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2016.04.29
迷ったら、経営哲学に戻れ ~知識創造経営の真髄~

ものづくり経営管理研究会 竹村 一太
takemura.kazuta@gmail.com


【要旨】
 中小企業の経営者は孤独である。迷いに迷うが、最終的には独りで経営判断を行わなければならない。支援者の役割は何か。経営者と対話し、経営者の迷いや心の内を理解し、想いの表出化を支援し、また、判断材料となる考え方や情報を提供することなどである。何よりも支援者に求められるのは、経営者に寄り添うことではないだろうか。
 本稿の事例企業は、親事業者から機械の製造を受注する下請企業であった。しかし、受注の低迷から業績が落ち込み、創立50周年を目前にして、二代目社長は賭けに出た。厳しい資金繰りにもかかわらず、自社ブランド製品の開発を行い、展示会に出展し、下請けからの脱却を目指した。
 しかし、自社ブランド製品の事業化の過程では、業績の低迷や資金繰りの悪化などから、社長の心中に迷いがなかったとは言えない。支援者として、社長に寄り添い、対話し、理解し、時には、考え方などについて話し合った。そして、最終的には、社長は独りで経営判断を行った。「迷ったら、経営哲学に戻る」 
 経営者が強く「想い」を抱き、理念やビジョン、自社の存在意義や強みの源泉をぶれなく語るとき、それは経営哲学としてステークホルダーに伝わる。経営哲学を的確に伝えるために、知的資産経営の支援は有効であった。また、経営哲学について共感できていたため、事業計画策定、資金調達、業務改善などの支援を円滑かつ効果的に実施することができた。
 当社の業績は、自社ブランド製品の事業化を契機に大きく改善した。新製品開発を継続し、年2回展示会に出展し、新規分野の受注が安定してきた。積極的に設備投資を行い、新入社員も毎年採用し、将来への投資ができるようになった。 
 「迷ったら、経営哲学に戻れ」 社長の主観的な現実(actuality)が客観的な現実(reality)になりつつある。「正当化された真なる信念(justified true belief)」 知識創造経営の真髄である。
 
はじめに
 中小企業庁の平成27年度の方針のひとつに「イノベーションの推進」が掲げられている。中小企業・小規模事業者が競争を勝ち抜いていくためには、これまでのビジネスの殻を破り、創意工夫を活かしたイノベーションを起こしていくことが必要である。筆者自身もこの方針に共感している。中小企業・小規模事業者の「イノベーションの推進」を支援していきたいと考えている。
 中小企業・小規模事業者がイノベーションを起こしていくには、どのようなことが重要になるのであろうか。イノベーションの推進により企業再生を図ってきた事例企業の取組みを紹介しながら、イノベーション・コンサルティングの手法について、ご提案させていただく。

1.イノベーションとは何か
 イノベーションとは「新しい価値」の創造である。顧客や社会が「本当に価値がある!」と認める新しい価値を生み出すことである。また、イノベーションにはもうひとつの側面がある。「新しい知識」の創造である。顧客や社会が認める新しい価値を生み出すために「新しい知識」を創造することである。
 当初は、経営者やイノベーターの心の中に「われわれが生み出すべき新しい価値はこれだ!」「顧客や社会が求める新しい価値はこれだ!」という「主観的な現実(actuality)」がある。これが、新しい製品やサービスなどの創生を通じて、顧客や社会が認める「客観的な現実(reality)」になる。知識の創造とは、「新しい価値」が、主観的現実から客観的現実になるプロセスである。

2.想い(Belief)
 イノベーションの原点は、経営者やイノベーターの主観的現実である。イノベーションには、経営者やイノベーターの想いや信念が決定的な役割を果たす。
 2010年、創立50周年を前にして、印南製作所の二代目社長である印南英一氏は、「下請から脱却する。そのためには決して断らず新規分野の案件を受注する。さらに、自社ブランド製品の開発にも挑む」という想いを新たにした。
 印南製作所は、大手包装機械メーカーO社からの受注が、売上高のほぼ100%を占める典型的な下請企業であった。バブル崩壊、デフレによる価格破壊、リーマンショックなどの影響から、売上高はピークの14億円超(1996年)から10億円(2010年)まで減少した。O社からの受注は低迷を続けており、当社の経営は危機に瀕していた。しかし、コストカット、リストラ、リスケなどではなく、「断らない印南」「自社ブランド製品開発」を目標に掲げ、「下請からの脱却」への挑戦を決意した。
 想いや信念は、実体験を通じて強化される。印南英一氏の想いも、強烈な実体験の文脈から醸成された。2007年春、外資系大手通販企業A社より開発の相談が持ち込まれた。メール便のパッケージ・マシンを開発してくれないかというものであった。A社の物流センターのオペレーションは、他社とはまったく異なるコンセプトで運営されていた。そのため、パッケージ・マシンの要求仕様も前例のないまったく新しいものであった。A社はいくつかの機械メーカーに声を掛けたが、すべて断られていた。A社が最後に相談を持ち掛けたのが当社であった。
 
 先行きの見えない業績低迷の時期でビッグチャンスではあったが、資金繰りや技術リスクで正直即答はできなかった。しかし、打ち合わせに出向いてみて、カルチャーショックを受けた。ポロシャツにパーカー、ジーンズ姿の支社長と面談。社長か派遣か見分けのつかないスタッフの中で、「物流を変えよう」と握手を求められたのである。外資系の成果主義や改善提案の積極推進に間近に触れ、継続・存続を第一義に重んじていた保守的な経営理念が、一発で砕け散った。勢いも相まって握手をしてしまい、そして、「断らない印南」が生まれたのである。
 (印南英一 「モノ創りの最前線 ~通販業界へ挑む省力化機械メーカーの新提案」 流通ネットワーキング(日本工業出版株式会社) 2015年7月8日号 p20-23)
 
 9か月間の試行錯誤を重ね、メール便パッケージ・マシンを納品した。翌年2号機も納品し、現在、約60,000通のメール便が、毎日、当社が製作したマシンでパッケージされ、大手通販企業A社より発送されている。

3.想いをカタチにする
(1)INNAMIの約束
 A社との出会いが契機となり、2010年、印南英一氏は、企業再生へのプロジェクトを始動させた。全社員の意識改革をねらって経営理念を刷新し、「INNAMIの約束」を制定した。3つの「約束」のひとつに、「たゆまぬ変革により、新たな価値を創造します」というイノベーションへの決意が盛り込まれた。
 
(2)自社ブランド製品「エコメールパック」の開発
 法人設立第50期(2011年)をターニング・ポイントと定め、自社ブランド製品「エコメールパック」を開発した(図-1)。A社の巨大物流センターへのメール便パッケージ・マシンの導入で培った技術を活用し、中・小規模物流拠点向けに毎時450パックの性能のメール便パッケージ・マシンを開発した。専用封筒も自社開発した。ダンボールの張力を利用して梱包するタイプのもので、緩衝材を必要としない「エコ」がコンセプトであった。
 2010年秋の中小企業総合展に出展したところ、日刊工業新聞に紹介記事が掲載されるなど注目を集めた。また、2011年には「中小企業優秀新技術・製品賞」を受賞した(図-1)。

4p-図1.jpg

4.知的資産経営から知識創造経営へ
(1)知的資産経営 ~知的資産の見える化~
 2010年12月、印南英一氏は、知的資産経営を導入した。「知的資産」とは、「決算書には現れない目に見えにくい強みの源泉」という意味である。また、「知的資産経営」とは、知的資産を「見える化」し、活用する経営手法である。
 印南英一氏には、知的資産経営を導入する明確な動機があった。第一に、企業再生プロジェクトを進めるために、「社長の想い」「当社が進もうとしている道筋」などを「見える化」し、従業員にわかりやすく説明し、理解を求める必要があった。第二に、自社ブランド製品や当社の技術などを見込み客にわかりやすく説明し、販路を開拓する必要があった。第三に、開発に必要な資金を調達するため、決算書には現れない当社の魅力や潜在的な成長力について、金融機関に理解していただく必要があった。最後に、新たに社員を採用するため、就活者に当社の魅力を訴える必要があった。
 そこで、印南英一氏は、中小企業基盤整備機構の支援を受けて、知的資産を「見える化」した「魅力発信レポート」(知的資産経営報告書)を作成することを決意し、筆者がその作成を担当することになった。
 当社の知的資産の中で最も重要なものは、印南英一氏の「想い」「信念」「経営哲学」などである。これらは、印南英一氏の暗黙知である。経営理念「INNAMIの約束」を制定はしたが、それだけでは十分に伝わらない。従業員でさえ見えにくいのであるから、社外の得意先や金融機関にはさらに見えにくい。それどころか、印南英一氏自身も明示的に認識していない想いもあった。
 インタビューを通じて筆者が問いかけ、印南英一氏自身が、「想い」「信念」「経営哲学」などを言葉に表し、明示的に認識することが非常に重要であると思われた。自らの言葉で、ぶれなく、従業員に語りかけ、得意先や金融機関、就活者に説明すること。これが、当社の知的資産経営支援では、最も重要なテーマであった。
 インタビューでは、言葉を選び、次のような内容について問いかけた。 「当社の存在意義は何か」「当社の絶対的な価値基準は何か?」 「当社はどのような未来を実現するのか?」 「顧客にとっての、社会にとっての価値は何か?」、そして「それはなぜか?」
 知的資産経営報告書「魅力発信レポート」は、2011年2月に初版が完成し、中小企業基盤整備機構の特設サイトならびに当社のホームページに掲載された。その後、毎年更新されている(図-2)。

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 知的資産経営に取り組んだ結果、「社長の想い」「当社が進もうとしている道筋」などが社員にも理解されるようになった。展示会では来訪者に「魅力発信レポート」を配布し、商談に活用した。「魅力発信レポート」が金融機関の目に留まり、表彰された。当社の魅力を理解し、数多くの新入社員が入社した。

(2)知識創造経営への進化 ~新しい価値の創造(イノベーション)~
 当社は、知的資産経営によって「今ある強みの源泉」を開示するだけに留まらず、「新しい価値」を求めて知識創造経営に踏み込んでいる。次々と新製品を開発し、毎年2回以上、展示会に出展し、披露している。「エコメールパック」に続いて、「メール便パッケージソルーション」「ダンボールパッドシュリンク包装機」「宅配便パッケージソルーション」など、梱包機械分野で新製品を開発した。2015年には、ものづくり・商業・サービス革新補助金の交付を受け、「自動ポスター巻き機」の開発を進め、出展する予定である。
 新製品の出展の度に、日刊工業新聞などに記事が掲載され、当社の技術などの知的資産が情報発信された。印南英一氏は、講演会に招かれ、TV番組にもたびたび出演するようになり、経営哲学や未来を語り、共感を集めるようになった。
 2010年に46人だった従業員は、2015年に65人まで増えた(図-3)。2011年以降、毎年、5軸MC加工機の導入、タレットパンチプレスの更新など、設備投資にも積極的に取り組んでいる。
 知的資産経営、知識創造経営、新規分野への積極的な事業展開、設備投資や人財採用などを進めるにつれて、当社の業績も向上した。2010年8月期の売上高は約10億円であったが、売上高は3年連続で毎年約1億円ずつ伸長し、2013年には約13億円となった。2014年以降も業績は堅調に推移している(図-3)。

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 知的資産経営への取組みによって、印南英一氏の想いや信念、経営哲学を、従業員、顧客、金融機関、就活者に伝えることができた。従業員に一体感が生まれ、新入社員も数多く入社し定着した。新製品の価値や技術について的確に情報発信を行うことにより、新規顧客からの引合いが著しく増えた。顧客や金融機関からも共感をいただき、プロパー融資を受けることができるようになった。その結果、業績が目に見えて改善してきたのである。

 現在も、新たな価値、新しい知識、イノベーションを生み出す挑戦が続いている。静的な知的資産経営から、動的(ダイナミック)な知識創造経営へと進化しつつある。印南英一氏が描いた主観的な現実が、客観的な現実になろうとしている。

5.迷ったら、経営哲学に戻れ
 当社の企業再生のターニング・ポイントは、印南英一氏の想いや信念、経営哲学であった。経営者の想いや信念、経営哲学が、その企業に「違い」をもたらす。「当社の存在意義は何か」「当社の絶対的な価値基準は何か?」「当社はどのような未来を実現するのか?」「顧客にとって、社会にとっての価値は何か?」 企業によって答えはさまざまである。
 描く未来がそれぞれ異なるために、企業に存在意義が生まれる。トヨタやホンダなど、多くの自動車メーカーが存在するのは、それぞれが描く未来が違うからである。描く未来は企業の運命をも左右する。コダックは倒産したが、富士フィルムは発展を続けている。ぶれない経営哲学は、企業に違いをもたらす。企業は、経営哲学を売っているのである。
 経営者が具体的な課題について判断に迷っているようなとき、支援者は何をすればよいのであろうか。筆者は、「当社の存在意義は何か」「当社の絶対的な価値基準は何か?」「当社はどのような未来を実現するのか?」「それはなぜか?」といった本質的な問いかけを行う。
 答えは経営者自身の中にある。経営哲学である。迷ったら経営哲学に戻る。その支援をするのが、筆者の役割である。

6.未来を創るイノベーション・コンサルティング
 筆者は、中小企業のコンサルティングを、6つのステップに分けて考えている(図-4)。
 第1ステップは「想い」である。経営者の想いを、それが形成された文脈とともに理解し、共感するステップである。経営者は、迷ったら、経営哲学に戻ることが重要である。経営哲学を構成する要素の中でも、「想い」は最も暗黙的であり、理解することが難しい。しかし、経営者に寄り添い、対話し、「想い」に共感できた時、第2ステップ以降のコンサルティングが非常に効果的なものになる。
 第2ステップでは、「想い」を、理念やビジョン、あるいはコンセプトとして、表出化する。この段階では、経営者との対話が重要な役割を果たす。
 第3ステップでは、「想い」、理念やビジョンを実現するための知的資産(強みの源泉)を認識するステップである。知的資産を明らかにすることにより、経営哲学を理解できるようになる。当社については、「魅力発信レポート」の作成支援を行ない、知的資産を明らかにした。
 第4ステップは、経営哲学やビジョンを実現するための事業計画の策定である。ビジネスモデルやビジネスプランを作成することである。経営革新計画の承認支援などは、事業計画の策定に有効である。当社については、「エコメールパック」の経営革新計画の承認支援を行ない、新規事業のビジネスプランを作成した。
 第5ステップは、資源調達の支援である。ヒト・モノ・カネの調達支援である。当社については、知的資産を明らかにしたことにより、当社に魅力を感じた就活者が数多く入社した。また、「エコメールパック」では市場開拓助成金(東京都)、「自動ポスター巻き機」ではものづくり・商業・サービス革新補助金(全国中小企業団体中央会)の申請支援を行い、資金を調達した。
 第6ステップは、計画を実行するにあたっての業務オペレーションの支援である。
 どの段階からでも支援は可能であるが、筆者の経験では、より上位のステップから支援を開始することが、より高い効果を得ることにつながる。

201605_8p-図4.jpgおわりに

 本事例は、イノベーションによる企業再生の成功例である。企業再生に向けて、事業承継後の二代目社長に経営哲学が生まれた文脈、新機軸の提示、知的資産経営によるステークホルダーの支援獲得といった経営イノベーションに加えて、新製品の継続的な開発、中小企業政策を活用したビジネスプランの作成や資金調達といった製品イノベーションにより、当社は企業再生を行ってきた。経営者の主観的な現実(actuality)が客観的な現実(reality)へと向かう知識創造「正当化された真なる信念(justified true belief)」の物語である。 
 筆者の使命は、「未来を創るイノベーション・コンサルティング」である。当社の企業再生に向けたイノベーションや知識創造のプロセスを支援してきた。そのために最も重要なことは、経営者へ寄り添い、想いや経営哲学を真摯に傾聴し、そして、共感することであった。

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