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2016.11.29
稼働率99%!特別養護老人ホームに対するコンサルティングのキー項目

福祉ビジネス研究会 代表 的場 秀夫


1.福祉ビジネス研究会
福祉ビジネス研究会は、1997年4月「社会福祉研究会」として発足しました。2000年4月介護保険法が施行され、福祉の世界に民間企業が進出し始めました。社会福祉法人が設置主体である特別養護老人ホームにおいても、利用者との関係が「措置」から「契約」に変わり、「運営」から「経営」へというビジネス的視点が求められるようになりました。
儲けてはいけないというイメージを持つ「福祉」。儲けを出し続けなければいけない「ビジネス」。一見、相入れない世界の間に何があるのだろうか。ビジネスという視点で福祉を考えてみたらどうだろうか。そんな興味の中2002年、「福祉ビジネス研究会」と改名し、活動を続けています。
2016年9月時点で会員は約30人。親の介護のことを心配している会員、自分自身の老後を見据えている会員、親族に障害を持つ方がいる会員など「将来の暮らし」に対する興味から参加する会員が中心でしたが、自ら介護事業所を経営する会員、障害者施設の管理運営を任されている会員など、「福祉ビジネス」の内側で活動している会員も増えています。最近は、銀行、建設、教育・出版等、高齢者・障害者・児童に関連した市場への進出を企画している企業からの参加や、地域福祉のマネジメントを担当する市区町村の方々も参加しています。

2.コンサルタントとしてのスキル・知識
コンサルティングに必要なスキル・知識には三つの領域があると考えています。201611-2p-Fig.jpg
ひとつめは「マネジメント・組織管理領域」であり、中小企業診断士であれば保有しているスキル・知識です。
二つめの領域は「業界研究」。介護の世界でコンサルティングを実施するのであれば、介護保険法を始めとした制度の理解、介護市場の動向、就業者の状況や労働環境の理解、介護報酬等の理解が必須となります。業界研究については、毎月の例会において、福祉・介護の世界で活躍をしている講師や、会員の研究成果発表により、知識を深めていくことができます。
三つめの領域はコンサルティングを実施するための「メソッド・ツール」です。事業所・施設の状況を把握した上で、問題や課題をどのように解決していくのか。机上の知識だけで対応できるものではなく、具体的な方針を策定し、コンサルティングを進めていく必要があります。「メソッド・ツール」の領域は、実際のコンサルティングを実施する中で試行錯誤しながら身に付けていくしかありません。当研究会においては、過去に「介護専用型有料老人ホーム開設市場調査」、「住宅型有料老人ホーム開設コンセプトおよび事業成功要因分析」事業の受注、「有料老人ホーム経営支援マニュアル」の作成などをプロジェクトチームで対応し、ノウハウとして蓄積してきています。

3.特別養護老人ホームに対するコンサルティング事例201611-3p-UpFig.jpg
本原稿では、福祉ビジネス研究会の会員が関わった特別養護老人ホーム(以降、特養という)「まごころタウン静岡(静岡市駿河区、定員100名ユニット型)」対するコンサルティング事例から抽出した、コンサルティングのキーとなる項目について解説します。
(1)最も重要な指標「稼働率」
特養の運営は社会福祉法人か行政に限られており、介護保険法では「介護老人福祉施設」として規定されています。主な収入は、介護保険給付と利用者からの介護サービス費、居住費、食費です。介護保険給付と介護サービス費は要介護度による一律の単位数と加算、居住費と食費は基準費用額で定められています。単位数単価は地域によって10円~10.90円と異なりますが、静岡市の特養には10.27円が適用されます。
1日1ベッドあたりの収入見込みは13,352円です。定員100名の特養で1年間(365日)の収入は487,348,000円となります。定員オーバは原則として認められないため、この金額が収入の上限です。施設の空きベッドに対して介護保険給付は算定されません。食費、居住費も原則取ることはできません。空きベッドの発生は、利用者が入院している期間と、利用者退所後に次の入所者が決まるまでの期間となります。
全国平均の特養ベッド稼働率は96%です。これを1%向上させることで、年間の収入は 4,873,480円増えます。逆に稼働率が1%下がると4,873,480円の減収となります。特養の経営においては、稼働率をいかに高く安定させるかが最も重要です。

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(2)コンサルティングの成果
開所月の2015年5月は、週単位で徐々に入所者を受け入れたため、稼働率は39%と低いですが、12月を過ぎると、全国平均の稼働率96%を超え2016年5月には稼働率100%を達成しています。その後も99%~100%の稼働率を維持しています。

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4.特別養護老人ホームに対するコンサルティングのキー項目
コンサルティング活動において、指導・支援のキーとなる10項目を「稼働率向上メソッド体系」として整理しました。この項目は、小売店舗を支援する場合のキー項目である「店舗レイアウト設計」「商品陳列」「仕入計画」「在庫管理」「導線管理」等に該当します。
稼働率を向上させるためには、入院につながる状態にしないことが大切であり、さまざまな状態に対応したケアが重要です。具体的には、「G.認知症ケア」「H.口腔ケア」「I.事故防止」「J.感染症予防」です。また、入院させないケアの前提として、利用者の状態をよくすることが必要であり、その考え方とケアが「F.自立支援介護」です。入院させないケア、状態をよくするケアを行うためには、利用者に対するアセスメント(利用者の状態・状況などから問題・課題を把握し、利用者のニーズを明確にすること)を実施し、適切な目標設定をする必要があり「E.要介護者モデル」による整理が有効です。
稼働率向上の目的は収入の確保ですが、特養で暮らす利用者の生活をないがしろにするわけにはいきません。特養のすべての活動を支える考え方・あり方として、「A.リハビリテーション」を常に意識し実践していく必要があります。また、稼働率向上のために、「B.入院退院カンファレンス」「C.入所退所管理」により利用者の「入」「出」を管理していくことが重要です。感情労働(感情の抑制や緊張、忍耐など、感情をコントロールする必要がある労働)を強いられる職員の「D.教育・研修・人事・労務・採用」の中にも、コンサルティングを実施する上でのポイントがあります。それぞれのキー項目の中には多くの「メソッド・ツール」がありますが、紙面の都合上、それぞれの項目の概要のみを記載していきます。
A.リハビリテーション
「リハビリテーション」といえば、弱った筋肉を動かせるようにするためのトレーニングや、関節の可動域を広げるためのストレッチをイメージする方が多いと思いますが、ここでは広い捉え方をします。
・リハビリテーションとは、身体的・精神的・社会的に最も適した生活水準の達成を可能とすることによって、各人が自らの人生を変革していくことを目指し、且つ時間を限定した過程である(「リハビリテーション概論第7版(中村隆一 2009年)」)。
・リハビリテーションとは、人が生れながらにして持っている人権が本人の障害と社会制度や習慣・偏見等によって失われた状態から、本来のあるべき姿に回復させることである(「地域リハビリテーション支援活動マニュアル(1999年)」)。
「身体的な機能を取り戻すことで、できなかったことができるようになる」というのはリハビリテーションのひとつの側面にすぎません。おむつをしていた利用者が、リハビリテーションによってトイレに歩行して行けるということは、身体的な機能だけではなく「尊厳」を取り戻すことにもつながります。訓練室の訓練だけがリハビリテーションではなく、すべてのケアがリハビリテーションです。接遇もリハビリテーションです。コンサルティングにおいても、リハビリテーションの考え方・あり方を念頭に進めていくことが大切です。
B.入院退院カンファレンス
稼働率を上げるためには、いかに入院を減らすかが大きな要素です。入院が発生した場合「なぜ入院したのか」についてカンファレンス(多職種参加の会議)をする必要があります。カンファレンスでは入院に至った経緯を明確にした上で、「入院に至る状態の変化になぜ気づけなかったのか」などの内省をするとともに、「今後どうすればよいか」の対応を検討します。
防ぐことのできない入院であっても「なぜ入院日数を短くできなかったのか」についての検討が必要です。たとえば、尿路感染症の場合、初期であれば3日の入院で済みますが、敗血症に至ると1~2週間の入院になってしまいます。尿路感染症にならないケアの実施だけではなく、初期の段階で利用者の病状に気づくための介護技術や記録方法の検討も必要です。入院という事例は「気づかなかったことに気づく」「漫然と実施していたケアの意味を意識する」など、利用者の状態をよくするケアにつながる大切なチャンスです。
C.入所退所管理
安定した稼働率確保のためには、入院を減らすことと並行して、退所した利用者のベッドを空けないことが重要です。特養待機者52万人という数字から、ベッドが空いたらすぐに入所者が確保できると思っている人が多いですが、そうではありません。待機者リストの上位から電話をすると、「入院しています」「他の施設に入所しました」「亡くなりました」「親戚の家に引越しました」など、さまざまな理由で入所に至らないケースがあります。
退所(死亡退所が多い)が決まってから入所者を探していては、入所までのリードタイムを短縮することはできません。特養の平均在所年数は約3年半です。100床の特養であれば毎月2~3人の退所者が発生することになります。待機者リスト上位に位置する本人や家族との連絡を密にして、すぐに入所できる待機者を常に3人確保しておく必要があります。また、特養の職員に、次の入所予定者の状況を伝え、受け入れ準備をしておく必要があり、多職種との協働関係作りも重要です。
D.教育・研修・人事・労務・採用
職員の思考や行動は利用者の状態に大きく影響し、結果的に稼働率を変動させる要因となります。施設の職員に求められる資質は行動変容です。知識をつけるための教育も重要ですが、知識の意味を理解した上で行動に移すことがより重要です。行動変容が起きる組織にしていくためには、施設長を含め、組織全体での取り組みと、継続的な働きかけがポイントとなります。
介護職の有効求人倍率が2.59(平成27年)という状況の中、資質のある能力の高い人を雇うことは難しく、施設内部で訓練と支援をしていく必要があります。集合研修を中心にした知識教育だけでなく、ケアプラン(介護計画)から始まるPDCAの中に、行動変容の仕組みを織り込んでいく必要があります。
自己肯定感は行動変容を生むためのエネルギーとなり向上心にもつながります。施設長が施設内をまわり、職員に声をかけ「あなたはここで役に立っている」ということを意識的に伝えることも職員の自己肯定感を高めていく上で大切な活動です。
E.要介護者モデル
リハビリテーションの考え方に基づき、状態をよくするケアを実施するためには、要介護状態になった「経緯による分類」と現在の「状態による分類」により、適切な目標設定と目標に至る道筋を明らかにする必要があります。
経緯による分類には「脳卒中モデル」「認知症モデル」「進行性疾患モデル」「生活不活発病モデル」「複合モデル」があり、課題や目標を探るヒントとなります。状態による分類には、「患者モデル」「固定障害モデル」「虚弱高齢者モデル」「BPSDモデル」「複合モデル」があり、ケアのプロセスや留意事項を明確にすることができます。
モデルを特定し、対応していくと、虚弱高齢者モデルに行きつきます。そこから、入所者の状態悪化を防ぎ、状態をよくするためのケアにつなげていきます。
F.自立支援介護
状態をよくするための日々のケアが自立支援介護です。自立支援介護は、入院させないケアの前提であり、利用者の暮らしの基盤を創るための介護となります。水分1日1500cc以上、食事1日1500Kcal以上、自然排便、歩行による運動が自立支援介護の基本となります。水分を摂取することより、確実に意識レベルが上がります。意識レベルの向上はBPSD(行動・心理症状)を発生させない認知症ケアにもつながり、適切な栄養と運動は、褥そう(床ずれ)予防、低栄養防止、事故防止だけではなく自然排便にもつながります。
全国老人福祉施設協議会(特養の全国組織)では「おむつゼロ」を目標に自立支援介護を推進しています。自立支援介護を実施するためのポイントは、組織的対応です。トップの方針のもと、介護職、看護職、医師、理学療法士、作業療法士、栄養士等すべての職種が協力していくことが重要です。自立支援介護を実践し、おむつゼロを達成した施設では、利用者の要介護度も改善しており、特養のイメージを「自宅での介護が困難な利用者をお預かりする施設」から、「利用者を元気にして地域との関係を取り戻していく施設」に大きく変化させています。
G.認知症ケア
特養利用者における認知症の割合は約9割であり(平成26年介護給付費分科会資料:認知症高齢者日常生活自立度ランクⅡ以上の割合)、認知症ケアは最も基本となるケアです。
認知症は、脳の神経細胞の破壊に伴って発生する病気であり、中核症状(記憶障害、見当識障害、実行機能障害、理解・判断能力障害など)を治すことはできません。認知症ケアとは、BPSD(妄想、幻覚、暴力、徘徊などの行動・心理症状。以前は問題行動と呼ばれていた)への対応です。BPSDには、本人の性格や生活環境に起因する理由があり、その理由を理解し、適切な対応をすることで穏やかに過ごすことが可能となります。逆に、BPSDが発生している理由を理解できず、不適切なケアで症状が悪化し介護が困難になるケースもあります。そこから状態が悪化し、寝たきりや入院に至ります。
H.口腔ケア
口腔ケアは、口の中の清潔と、口の機能の向上・維持のためのケアです。
口から食事が摂取できない胃ろうの方であっても、口の中の雑菌が肺に入ることで誤嚥性肺炎による入院に至ることがあります。すべての利用者にとって口の中を清潔に保つことは重要です。
口腔機能は、噛む、飲み込む、話す、笑うなど口の動きのことです。自分の口から美味しく食事を食べることや、家族や親しい方との会話を楽しむことは、口腔機能ができているからこそ可能なことです。口腔ケアにより、筋肉や脳が刺激され失われていた口腔機能が回復することもあります。
胃ろうゼロを目指し、口腔ケアにより口から食事ができるようにする取り組みをしている施設もあります。刻み食、ペースト食から常食に移行する取り組みも実践されています。口から食べることは、生きる元気を取り戻すことにつながり、入院は確実に減っていきます。
I.事故防止
転倒による骨折、誤嚥による肺炎等の事故は直接入院につながります。事故に対する予防・対応は、事故発生の事象を自損事故と介護過誤に分けることから始めます。
自損事故の対応は、ケアプランの見直しです。たとえば転倒のリスクが高い利用者に必要なのは、転倒しないように立ち上がりを制限するのでなく、歩行訓練です。また、利用者本人が動く環境を整えることも必要です。利用者の目標の再検討、ケア手段の再検討により、根本的な解決になっているかどうかを見極めることが重要です
介護過誤とは、職員のミスのことです。ミスを発生させた職員個人を原因とした対応ではなく、職場環境を見直すことが対応となります。手元が暗い、職場が忙しい、仕事の中断、分かりにくい指示、複雑な手順等、何が注意力を削いでミスにつながったのかに着目する必要があります。介護知識や技術が少ないがゆえに発生したミスであれば、介護知識・技術をつけるという組織的対応が必要です。
J.感染症予防
稼働率を向上させる上で、感染症から入院する利用者の増加は避けるべき事象です。感染原因は利用者の家族であることが多く、1人目の感染を防ぐことは難しいですが、そこから蔓延しないようにすることが重要です。「感染症を防ぐため冬季は利用者との面会禁止です」という施設もありますが、特養が生活施設であることを考えると、面会禁止は行き過ぎた対応であり、本人のQOL(quality of life)から見て適切な対応ではありません。
感染症予防の最も有効な対応は手洗いの徹底です。また、発生した場合に処理が的確にできる体制および知識が重要であり、教育や定期的な訓練が必須です。

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5.実践!施設稼働率向上メソッド セミナー 
福祉ビジネス研究会では、2016年6月より毎月1回「実践!施設稼働率向上メソッド セミナー」と題して、10回シリーズのセミナーを開催しています。1回90分で各キー項目を中心に「メソッド・ツール」の解説をしています。1回ずつ完結した内容になっていますので、興味のある方は、ぜひご参加ください。詳細は福祉ビジネス研究会ホームページをご参照ください。(ホームページ http://fukushi-b.jimdo.com/

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