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2017.02.25
データ主導のサロン店舗運営

情報管理研究会 飯村 和浩

【要旨】

 中小企業の場合、大企業と比べてデータの収集・分析・活用を行っている企業は多くはない。その原因にはさまざまな背景があげられている。データ入力の手間や集計・分析する時間を確保できないといった現実的な問題もあるが、そもそもデータ分析を経営に活かすという考え方自体に価値があると感じていないことが多いのではないだろうか。
 本事例では小規模企業がデータを経営活動に活かしていく過程を記載している。他の中小企業が参考にして自社の行動に少しでも役立てて欲しいという思いがある。
 近年のITやクラウド・サービスの進歩によって、中小企業がデータ収集・分析するハードルは一気に下がってきた。事例の内容をご覧いただければお分かりになると思うが、取得するデータや分析する手法も決して特別なものや高度なものを使っているわけではなく、データ分析の基本的なテキストに書いてあるような手法や比較的安価なツールを使っている。その中で自社の顧客や企業の理解を通じて、有効なヒントを探し、実際の行動に移しながら、結果を常に確認し続けることが重要になってきている。小規模企業でも自社の持っているデータを実際に分析してみることで役立つことを実感していただきたい。

1.支援先企業の背景
① 会社概要
 千葉県にあるG社(以下、当社とする)は2013年から柏市内にヘアサロンを展開している。このヘアサロンの特徴は、スタイリスト(顧客を担当し、へアカットなどサービス提供する主力スタッフ)を業務委託契約としているところにある。結果的に正社員のスタッフの人数比が低くなっている。委託契約のスタイリストには売上実績と連動した報酬を支払うことによって、ヘアサロンのコストの大半を占める人件費を変動費化し、売上高に対する固定費の比率を低く抑えられている。コスト構造は固定費の比率が低くなるため、損益分岐点比率を低く抑えられ低稼働率でも利益が出る体質を目指した結果だった。
 また、美容業界の美容師の就労環境は、長時間である割に他業種と比較しても待遇は決して良いものではなく、スタイリストにとっても自分の売上高に合わせて報酬が決まる制度は彼らのモチベーションになっている。さらに、委託契約であることから、自分の顧客の予約に合わせてシフトを組むことができ、柔軟な働き方を選択できる。たとえば、結婚や出産を期にヘアサロンを退職し、日中の短時間のみ働きたいスタイリストや他の店とも委託契約を結び複数店舗で働いているスタイリストの就労機会の場となっている。

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② 経営者の想い
 当社の経営者は、都内の美容専門学校を卒業後、都心でいくつかのヘアサロンに勤務し、美容師としての経験を積んだ。特定の顧客から指名されることも増え、順調にスタイリストとして成長していった。本人も独立するつもりだったため近隣の他店や都内・首都圏など多くのヘアサロンを訪れ、自分のお店をオープンさせるためのヒントを集めていた。
 その中で感じたこと、見えてきたことが今の店舗のコンセプトにつながっている。1つは新規顧客獲得のためにメニューの大幅値引きやクーポンを発行していることへの違和感だった。
 ヘアサロンの売上高は、"来店数"×"顧客単価"で構成される。1人の顧客の来店数は、"来店頻度"×"来店期間"で計算される。当然、新規の顧客よりすでに何度か来店している顧客の売上高の方が高くなる。
 しかし、クーポンや割引の対象としているのは新規顧客のみという店が多かった。これには、大きく2つの原因が考えられる。
 1つ目は新規顧客の獲得が難しく、その反面、一度顧客になれば継続した売上高が見込めるということにある。通常、顧客はすでにどこか別のヘアサロンの顧客であり、何かきっかけがない限り行き慣れたお店やスタイリストを替えようとは思わない。そこで初めての顧客向けの価格を下げることでヘアサロンを替えるための動機付けをする。髪を切るという行為は続いていくため新規顧客獲得に費用をかけるだけの顧客生涯価値(LTV)が高いという計算がされている。
 もう1つは、スタイリストの顧客の担当制度にある。通常、ヘアサロンでは、1人の顧客は同じスタイリストが担当する。指名して変更できる店もあるが、同じ店でスタイリストを変えるというのはあまり多くはない。スタイリスト側から見ると、定期的に来店してくる顧客は別のスタイリストの顧客であり、自分の顧客を獲得するためには、まだ来店したことのない新規の顧客に指名してもらう必要がある。よって、スタイリストのキャリア、成長という視点からも店舗にとって新規顧客獲得は欠かせない構造になっている。

③ 当社のコンセプト
 前述した通り、当社の経営者は新規顧客だけを優遇するクーポンや割引に疑問を持ち、すでに来店したことのある顧客も含め、いつでも、誰でも使えて一律割引になるものを発行している。
 このヘアサロンは、「長い間来店してもらえる顧客を重視し、いつでも気持ちよく再来店してもらえる店」を目指している。また、店舗のスタッフも数名の社員を除き、メインのスタイリストは業務委託契約として完全な歩合制であり、新規顧客獲得がインセンティブとなる制度は採っていない。

2.当社の店舗運営の課題と取り組み
① 出店当初の課題
 出店当初、このヘアサロンではWebの広告を使った集客をうまく行えていたため予約も満席になることが多く、売上高も順調に伸びていた。一方で、新規の顧客に再度来店してもらうための具体的で効果がある方法を模索していた。結果的にスタイリストが個々人のスキルによって再来店の顧客を獲得できていたが、何が売上高や顧客の伸びにつながっているのか明確にわかっていなかった。
 また、店舗運営においても、事務的な仕事も含めてスタイリストに任せることは現実的ではなかった。当初は紙で販売実績を記録し、表計算ソフトに入力して集計していたため、集計に時間がかかったり、入力ミスや計算の不一致が起こったり、細かいミスも発生していた。

② データの取得・店舗オペレーションの効率化
 顧客の来店数の増加や売上高の伸びの理由を明らかにするためには、データを取得し分析する必要があった。しかし、店舗のコストを下げるためにも、顧客データの記録など間接業務的なものは、極力自動化し負荷をかけないことが求められた。
 店舗でのオペレーションは、来店前の集客・予約受け付けから、来店時の接客、退店後の店舗管理業務がある。予約のほとんどはWebから入ってきていたが、来店時の顧客情報や売上高の実績は紙ベースで管理されていた。そこでiPadなどタブレット端末で使えるスマート・レジを導入することを検討した。 
 スマート・レジは月額の利用料で利用でき、タブレット端末も安価に購入できたことから初期費用は低く抑えられた。また、見た目もスタイリッシュでヘアサロンでの設置も問題ないため、試してみるという感覚で、すぐに導入することを決めた。
 スマート・レジが導入されたことで紙ベースの作業がなくなり、計算ミスや集計の手間も減らすことができた。紙での売上の集計をしていたものをやめることで、工数でいうと20%程度の削減を実現した。

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③ 顧客データ・売上高の分析
 顧客のデータは日々の店舗運営の中で自然に取得することができたため、分析に必要なデータを収集できるようになった。データ収集は、決済時にIDが付与され、メニュー単位で収集し、来店日時、顧客名、メニュー、指名/フリー、担当スタイリストなどのデータを収集している。
 
A)データ分析の初期段階
 データ分析の最初の取り組みとして、データを収集し、さまざまな角度から可視化することで、見えてくるものを探していた。いきなり分析し、何かしらの答えを出すりよりも、新規顧客と再来店顧客別・予約ルート別の売上高や来店顧客数などを可視化し、店舗を経営している中で経営者が感じる感覚と一致している数値、感覚からは外れている数値をピックアップしていった。可視化された数値と感覚値が外れているところをより深く分析することで、ヒントが見つからないかなど試行錯誤しながら可視化と分析を進めた。
 初期段階で意識したのは、経営者がデータに可視化することの意義を感じてもらいプロセスを着実に実行する点だった。経営のテキストではあたり前のように書かれているPDCAサイクルは、定着化させるまでには何度も何度も繰り返す必要がある。当社でも同様に、週次や月次、四半期の単位で可視化した結果を比較するというサイクルを何度か繰り返した。

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B)店舗実績の推移
 データ可視化を繰り返していく中で、再来店顧客の売上高の推移や構成比率を数値でいつでも確認できるようになった。データ分析の結果、たとえば以下のようなことが数値で確認できるようになった。
 ✓ 売上高の多い顧客の上位20%が全体の売上高の42%を占めている。
 ✓ 平均の2.5倍の単価で月に2回以上来店する顧客が18%を占めている。
 これらは現場のスタイリストは、感覚値として理解していたが、実際にデータ解析結果からも裏付けられたことになった。Webでの広告の表示を変更したり、日々の接客の中で次の来店を促すようなサービス、コミュニケーションを心がけたり、次の来店を促したりなど効果が見込めるアクションをとっていけるようになった。

C)データ分析に使用したツール
 データ分析に使用したツールは、主に表計算ソフトや簡易BIツール、オープンソースの統計解析ツール、クラウド・サービスのDBなどである。スマート・レジを含め初期投資には数十万円程度で分析可能な環境を用意できている。中小企業の中には百万円単位のIT投資も躊躇する規模の企業も多いが、近年のクラウド・サービスなどを利用すればIT投資のハードルは大きく下がってきている。また、データ分析も重回帰分析やロジスティクス回帰分析など基礎的な手法のみで高度な手法や解析ツールを採用しているわけではない。
   使用したソフトウェア :Microsoft Excel、R、Tableau
   クラウド・サービス :Amazon Web Service

④ 分析結果から実行したアクションの評価
 データ分析のPDCAサイクルが定着した頃から、分析結果から実行したアクションに対する評価も行えるようになった。評価は、分析結果から採るべきアクションを決める際に、前提を置いてシミュレーションする。その結果と実際にどういう数値になったかを数ヶ月後に確認するというプロセスをとっている。ヘアサロンの場合、平均の来店頻度が2ヶ月程度であるため来店したことのある顧客に対してのアクションをとった場合、効果を評価するのは数ヶ月以降ということになる。
 効果が出たものもあったが、当然、予想通りの効果が出ない場合もあった。これらについても要因を分析して、どこに原因があったのかを探るようにしている。

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3.さらなる課題と取り組み
 結果的に、再来店顧客の売上高に占める割合も、顧客数も継続して伸びていった。これは、データ分析に取り組みの成果が出たものもあるだろうが、そもそも営業開始時点ではすべて新規顧客であるため営業期間が長くなれば再来店顧客の売上高割合が増加するのは、当然の傾向でもある。

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 データを分析し可視化することによって多くのことが明確になった。経営者としては意思決定や次のアクションに何を選択するべきか迷うような結果も出てきた。
たとえば、
 ✓ 新規顧客の単価は高く、来店期間が長くなると単価は下がる
 ✓ スタイリストによって再来店につながるかどうかの差が数値として表れる
 データ分析の結果から短期的な実績を推計すると新規顧客が増えれば売上高は増えることになる。しかし、経営者は既存顧客を重要視するスタイルを貫いている。そもそものコンセプトを大事にし、長期的にはその方が効果的と考えているからである。

4.今後の課題
 当社では、集客のために多額の広告宣伝費を払っている。ヘアサロンの中には、当該広告サービスを使わなければ成り立たない店舗も多い。現在の課題は広告に頼らずに自分たちで集客し、顧客との関係を維持していくことである。
 店舗からのメッセージの発信や告知はITによって解決する部分もあるが、それだけでは現在と同様の集客力を得られるわけではなく、試行錯誤を重ねている状況である。

5.最後に
 企業を取り巻くICTやクラウド・サービスの進化は著しい。数年前に初期投資で数億円かかるようなシステムと同程度の機能や性能を、初期投資なしに月額数千円で利用できるクラウド・サービスは多く存在する。クラウド・サービスの恩恵を最も受けられるのは中小企業といえる。
 しかし、機能やサービスが高度でもITは手段であり、何のために、どうやって使うかは自分たちで考えなければならない。本事例のようにデータ分析には決められた機能ややり方があるわけではないことから、結果を出すためには試行錯誤を繰り返していくしかない。
 一方で、データ分析の結果がすべて正しいわけではない。本事例においては、顧客の売上高や来店頻度などは見えるが、実際に来店時に感じていることや率直な意見などは、データで取得できているわけではない。大前提として、経営に影響する要素すべてがデータとして取得されているわけではないため、当然であるが限界がある。本事例の経営者は、データ分析の結果も尊重しながら、最終的に自分で考え意思決定することにしている。

6.研究会としての今後の取り組み
 情報管理研究会は、「中小企業を変革するIT活用」をテーマに、店舗経営にかぎらず、中小企業の経営に役立つシステムの研究やITを活用する経営手法、管理手法について研究している。今後も事例や新しいITの動向を踏まえ、ITを経営に活かしていく手法を生み出すなどの成果を目指していきたい。

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