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2018.05.29
事業承継支援者のためのノート開発

事業承継研究会  大沼 健三

はじめに-研究会発足以来の課題
 事業承継研究会は2005年10月にスタートした。発足当時、事業承継支援の課題は、相続問題や相続税対策などの財産承継対策が主体で、弁護士、税理士の担っていた分野とされていた。これに対し、企業理念の承継、後継者育成など経営承継の分野の重要性を主張し、中小企業診断士の活躍分野であるとの認識を広めることが、研究会の主な課題であった。発足後12年を経過し、経営承継が重要な分野として認識が進み、また診断士の役割の認知が201806_1_1.jpg進んだ点は大きな成果といえる。
 事業承継研究会は、この間に会員数が16名から142名へ約9倍に拡大し、プロジェクト活動として4つの冊子を作成するなどの成果を上げることができたが、そこでは、支援の現場を重視した具体的なものを志向してきた。今後もこの考え方で、①診断士の事業承継支援への参入を後押しし、受注力向上に資する、②支援活動に具体的に有効なツールを提供する、という方向で進めていく予定である。

1.開発の経緯
(1)テーマの選定
 今回のプロジェクト発足時に、研究会のプロジェクト担当幹事4名によりテーマについて検討した結果、以下のような内容の制作物を目指すことになった。
 ①中小企業診断士が事業承継支援に取り組む際に、具体的に役立つツールを提供する。ベテラン診断士の事
  業承継支援ノウハウを集約し、体系化することにより、事業承継支援ノウハウの多くの診断士への水平展
  開を図ること。
 ②従って想定ユーザーは、事業承継支援に取り組む中小企業診断士である。
 ③支援の対象とする企業は、年商30億円くらいまでの、中・小規模企業および個人事業者で、事業の継続に
  何らかの課題を持つ。
 ④制作物は、あくまでも使うためのツールであり、「中小企業診断士のための事業承継支援ノート」と命名
  した。内容はユーザーの頭の中を整理するのに有効であり、かつ思慮するプロセスを具体化するものであ
  ることとした。

(2)開発および制作の体制
 事業承継研究会員に「事業承継支援ノート作成プロジェクト」への参加を募ったところ、25名の会員から応募があり、担当幹事等を含め総勢30名となった。そこで制作物の内容をテーマ別に分け、参加者の希望をもとに7つのグループに編成し、各グループリーダーを決めた。また、担当幹事は、各グループに分かれて参加した。なお、本プロジェクトへの参加者は、弁護士2名、税理士1名を含む中小企業診断士である。

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(3)制作の過程
 2015年11月にプロジェクトがスタートし、内容の検討および原稿の制作は各グループ単位で毎月1回(合計5回)集まり、検討を進めた。また、各グループ間の意見調整の場として、毎月の研究会例会日に、例会前の30分間でグループリーダー会議を行い、各グループの進捗確認、意見調整、全体の方針決定の場とした。
 また、各グループの情報共有を目的として、共有アプリDropboxを用いてグループ会議のメモおよび作成中の原稿を共有し、さらに各グループの原稿案ができあがる段階で、グループリーダー会議を2回行い、各グループの原稿内容の調整を行った。
 2016年8月以降は、イラストグループを発足させ、本ノートの要所にイラストを挿入した。また、担当幹事およびグループリーダーから選抜した編集委員8名により編集委員会を編成し、編集会議を3回開催して、全体の内容構成の見直し、各グループ作成原稿のひょうそく合わせ、最終校正を行った結果、2016年12月に出稿となった。

2.制作の目的と基本コンセプト
(1)制作の狙い
 中小企業診断士が事業承継支援に取り組む場合のステップとして、
 ①現状についてのヒアリングの段階。
 ②収集情報のまとめ、事業承継上の課題への対応のシナリオ化、事業承継計画の策定。
 ③事業承継計画の開始後、計画に対応したフォローアップ。
の3段階になるが、特に①の段階は、通常の企業診断に比べて、
  ⅰ)相談者のプライバシー部分に触れることが多い。
  ⅱ)内容が広範にわたるので、情報収集・検討などの漏れが発生しやすい。
  ⅲ)相手側のニーズに合わなければ支援受注を逸する。
といった特質があり、情報収集の段階から質問に際して一定のノウハウと気配りが必要となる。ノウハウは経験の積み重ねにより得られるものとはいえ、特に経験の比較的浅い診断士にとってその経験の場を効果的に活かすことが必要であり、その取り組みのハードルを引き下げることが、本ノートの役割といえる。したがって、本ノートは頭の中を整理するだけでなく、「体を使って書き込むノート」としており、実践のツールと位置づけた。

(2)基本コンセプトについて
 原稿制作に先立ち、以下の点を基本コンセプトとして確認した。
 ①事業承継支援の、主に前工程についての基本定石を提示し、支援の品質維持を図る。
 ②ツールとして実際に使えること。使用上の便宜を図り、以下の2方式を作成する。
  ⅰ)ファイル式...ページの自由な抜き差しが可能で、使用者が各自オリジナル追加
  ⅱ)冊子式.........通常の冊子と同様の製本
 ③実際の支援の場で、経験の浅い者にもベテランのノウハウを生かした情報収集・質問応答ができるような
  ツールを目指す。
 ④情報収集整理を体系的に行い、業務効率の向上に有効であること。
 ⑤女性マンパワーを活用し、女性の視点を重視すること。

(3)使われる場面
 本ノートを使う場として、以下のような状況を考えた。
 ①診断士が事業承継支援を依頼された場合、先方への訪問、窓口相談に際して、
  ⅰ)インタビューの準備として、時間内でできるインタビュー項目を用意し、重みづけによる時間配分の
    検討。
  ⅱ)現況の情報収集
    収集した情報の整理、承継計画としてのとりまとめに使用。
  ⅲ)事業承継計画にまとめあげる段階の検討と整理。
  ⅳ)事業承継計画の開始後のフォロー。
 ②現在の支援先であらためて事業承継をテーマとする支援を求められたとき、または事業承継が今後の課題
  になることに注意喚起する場合。

3.内容の構成
 本ノートの内容は以下のとおりである。

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4.ツールとしての特徴と活用の事例
(1)ツールとしての特徴
 ①事業承継支援を行う際に、収集すべき情報を体系的に整理し、「ヒアリングのポイント、アドバイスのポ
  イント」としてわかりやすく表示している。
   したがって、経験の浅い診断士だけでなくベテラン診断士にも、情報を漏れなく収集するためのチェッ
  クリストとして活用できる。
 ②情報を収集時にそのまま書き込める。
   ファイル型・冊子型の2種類を制作し、ファイル型は必要ページをコピーして、そのまま書き込めるよ
  うにした(ただし、ファイル型は研究会員のみに限定配布)。
 ③事業承継支援の経験豊かな診断士が、情報収集およびとりまとめ時のノウハウを水平展開して提供してお
  り、経験の浅い人でも使いやすい。

(2)活用事例
 本ノートの活用事例の概略を以下に示す。
 下記の事例は、3回の訪問相談に本ノートを使用したケースである。

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(3)記入例
 下記は、本ノートの見開き2ページに書き込みをした事例である。左側偶数ページの質問項目をもとに質問し、右側奇数ページに手書きで書き込む。

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5.普及のための活動
 本ノートは、ファイル型150冊、冊子型250冊、合計400冊を作成した。ファイル型は研究会員に配布、冊子型は診断士の希望者に有料配布するとともに、以下のように本ノートの普及に向けた活動を行った。

(1)外部公的機関等への紹介および贈呈
 研究会の幹事・監事が本ノートを持参して、外部機関を訪問し、内容の説明紹介、 贈呈を行った。贈呈先は以下のとおりである。
 ①役所・公的機関
  中小企業基盤整備機構、関東経済産業局、産業労働局、中小企業振興公社、都内区役所数ヵ所など
 ②商工団体
  東京商工会議所、東京都商工会連合会、東京都中小企業団体中央会など
 ③金融機関
  都内信用金庫、政策金融公庫など
 ④東京都中小企業診断士協会

 当研究会では、これまでもプロジェクト活動により冊子を作成後、外部機関等にできあがった現物を持参し説明紹介しており、これにより各支援機関との関係を構築し、連携・支援等の良好な関係の維持を図ってきたが、本ノートについても、同様に研究会員による紹介活動と贈呈を行った。

(2)中小企業診断士への紹介
 スプリング・フォーラムでブース紹介し、一部有償販売を行った。

(3)研究会の新入会者向け基礎講座での紹介
 当研究会では、比較的最近時の入会者を対象に事業承継基礎講座を開催し、当研究会設立以来の活動と方向、事業承継の基礎知識の提供を行い、42名が参加したが、この場においても本ノートを再度紹介し、普及に努めている。

6.今後に向けて
(1)当研究会の目指す方向
 当研究会の設立以来の目標である、中小企業診断士による事業承継支援の拡大に向けて、新規取組者のハードルを引き下げる課題に継続的に取り組んでいるが、それは、単に当研究会員にとどまらず、広く中小企業診断士全体の業務の領域拡大をめざすものである。

(2)本ノートの定期更新
 今後も法令・税制等の改正に合わせて、定期的に更新継続していくことが必要であるが、そのためには、若手の育成などを図り、長期的に継続した取組体制を作ることが課題となる。

(3)本ノートの活用について
 今後、中小企業診断士による事業承継支援のノウハウの蓄積を更に図る必要があるが、このような書物は少なく、特に診断士に的を絞った類似書籍はほとんどない。本ノートが支援のいろいろな場で使用されることにより、活用の場が拡がることが期待されるが、そのためには使用事例の蓄積が課題となる。

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