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2019.01.28
営業部門における価格設定支援手法 「SPP(Systematic Price Planning)」の開発

東京協会 営業力を科学する売上UP研究会 鎌田 慎也

1.ツール開発の経緯
 日本政策金融公庫「2018年中小企業の景況見通し」(2017年11月)によると、中小企業が経営基盤強化に向けて注力する分野として、「販売価格引き上げ、コストダウン」(32.5%)が3位であり、前回調査時より2.8ポイント増加している。この販売価格引き上げに関しては、中小企業庁が、下請等中小企業の価格交渉力強化を支援するために「中小企業・小規模事業者のための価格交渉ノウハウ・ハンドブック」を作成しており、販売価格に対する関心が高いことが分かる。
 本研究会における中小製造業の営業支援においても、販売価格設定に悩みを抱えていることを把握することができた(図表1)。

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 これらの問題解決に向け、目的を定め(図表2)、中小製造業の営業部門において販売価格設定を科学的(再現性がある、誰でも実行可能)に行うツール「SPP(Systematic Price Planning)」を、本研究会の中小製造業に関わりがあるプロジェクトメンバー4名で開発した。
 本論文では開発したツールに関して、BtoBの製造業A社での実践事例とともに報告する。

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2.SPP(Systematic Price Planning)の概要
 SPPの全体像を図表3に示す。

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 まず、価格を形成する要素を分析する。(1)内部要素分析において、企業内の分析を行い、利益を生む(損を出さない)ために最低限確保しなければならない限界利益率の設定を行う。(2)外部要素分析において、過去の販売価格(受注単価)を基にマーケットを踏まえ、見積するアイテムの予測価格の設定を行う。次に、(3)販売価格設定において、価格設定チャートを用いて、自社や案件の状況に合わせた販売価格を決定する。

3.SPPによる価格設定手順
(1)内部要素分析
 固定費(減価償却費など)の配賦が必要になる加工費と比較すると、変動費(材料費など)と限界利益は、個々のアイテムごとの金額把握、計算が比較的容易である。
 「見積したアイテムの限界利益は、適切な水準を確保できているのか」を判断するための指標として、企業全体の損益状況を基に「守るべき限界利益率」を定めた。「守るべき限界利益率」とは、(予想)当期売上高において損益がゼロになると仮定したときの限界利益率であり、下記数式によって求めることができる。

 当期固定費は、当期に最低限確保しなければならない限界利益と読み替えることができる。当期に販売するすべての製品を、当数式で求めた「守るべき限界利益率」で販売した場合、損益はゼロとなる。すなわち、この「守るべき限界利益率」以上の限界利益率で販売すれば、利益は確保できることになる。売上高と固定費については、前期から大きく変動する要因がなければ、前期の数値を利用し、作業負荷を軽減することも可能である。

(2)外部要素分析
 販売価格設定において、考慮すべき外部要素(価格形成要素)の例として、「顧客からの指値(顧客の目標調達価格)」、「長期間にわたり形成された市場価格」、「競合他社の価格」などがある。これらの外部要素を経験や感覚でなく、データに基づいて定量化し、受注可能であると考える予測価格を設定する(図表4)。
①変動要素の選定
 販売価格(単価)に最も影響を与える価格の変動要素を選定する。たとえば、金属プレス加工業のケースでは、販売価格の中で材料費が最も高い割合を占めているため、材料費と相関関係があり、データとして収集が容易である「製品重量」を変動要素として設定する。
②変動要素と販売価格のデータ収集
 販売実績から、変動要素データと販売価格データを収集し、類似の工程を経る製品群(類似製品群)ごとにデータをまとめる。たとえば、プレス加工グループにおいて重量100グラム、販売価格100円という製品データ、レーザー加工グループにおいて重量100グラム、販売価格200円という製品データを収集する。
③散布図の作成(図表5)
 収集したデータを用いて、変動要素を横軸、販売価格を縦軸とした散布図を作成する。製品重量は重いが、価格が極端に安いなどの異常値は取り除く。
④中心線の記入(図表5 A中心線)
 データの中心に直線(近似曲線)を引く。
⑤平行線の記入(図表5 B上方価格線、C下方価格線)
 中心線の上方領域において、より多くの点(マーカー)上を通るように、中心線と平行の直線(上方価格線)を引く。同様に下方価格線を引く。それらの線上が、実績から導いた販売価格の高低の目安となる。
⑥予測価格の設定(図表5 D価格設定の幅)
 見積アイテムの変動要素に基づいて予測価格を設定し、アイテムの限界利益率を算出する。
 図表5において3,000グラムの製品の予測価格を設定する場合、通常は中心線上の1,050円を目安に価格を設定する。受注を強く望む場合は、下方価格線上における950円を設定する。上方価格線上の1,300円とする場合は、過去の上方価格線上での販売事例を分析する必要がある。過去に高価格で販売できた要因が「短納期での対応が必要であったため競合が少なかった」などであり、見積するアイテムにもそのケースが当てはまる場合、高価格で設定できる可能性がある。

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(3)販売価格設定
 内部要素、外部要素で分析したデータを用いて、価格設定チャート(図表6)に基づき価格設定戦略を選択する。戦略A、Bにおいては、予測価格を販売価格として設定することが基本となる。一方、戦略CからEにおいては、予測価格では「守るべき限界利益率」を下回るため、企業全体の収益性に注意して価格設定を行う。戦略Fについては、価格設定以外の対策を行う必要がある。導入企業ごとにAからFの各戦略に沿った行動(意思の決定フローや具体的対応方法)をあらかじめ規定する。
 以下に各戦略の基本方針を記載する。

A 予測価格における限界利益率が「守るべき限界利益率」を上回っているため、予測価格を販売価格として設定する。
B 予測価格における限界利益率が「守るべき限界利益率」を上回っているが、生産余力がないため、生産余力の創出策(不採算アイテムの撤退、残業、外注化、設備投資など)を検討する。余力創出の費用を踏まえて、限界利益率を再計算し、販売価格を再設定する。
C 予測価格における限界利益率が「守るべき限界利益率」を下回っているが、固定費回収見込であるため、見積するアイテムの販売分の限界利益はすべて利益となる。生産余力もあるため、予測価格を販売価格として設定する。
D 予測価格における限界利益率が「守るべき限界利益率」を下回っており、生産余力もないため、生産余力の創出策(不採算アイテムの撤退、残業、外注化、設備投資など)を検討する。余力創出の費用を踏まえて、限界利益率を再計算し、販売価格を再設定するが、固定費が回収できていることを理由にして、安価な受注を増やしすぎないように注意する。
E 予測価格における限界利益率が「守るべき限界利益率」を下回っており、固定費が回収できていない状態である。見積するアイテムの工程に余力はあるが、安易に予測価格で受注すると、固定費の回収がさらに困難となる可能性がある。このため、固定費回収を考慮した対応が必要になる。
F 固定費回収見込がなく、生産余力もない状態であるため、「価格設定」以外の対応策として全社の限界利益率の増加を図る。営業部門は不採算アイテムの値上げ、撤退を検討する。

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4.自動車部品製造業A社における導入事例
(1)A社の概要
 A社は自動車部品の受託加工を行っており、従業員は180名(営業部門は4名)である。
 A社では、単位あたりの原価(時間あたり加工費である加工費レートなど)を基準に価格設定を行っているが、20年以上前に作成した見積資料(レート表など)であるため、実態に近い加工費を算出することが困難であり、見積資料の更新にも労力を割けなかった。このため、顧客から価格見直しを要求されるケースでは「どの水準まで価格を見直すことができるのか」という状態になり、営業担当者の裁量で顧客との価格調整を行っていた。また、各営業担当者は、市場価格、競合価格を経験と勘で予測し、受注できるように見積金額の調整を行っている。この結果、高価すぎる販売価格(見積価格)の設定によって受注を逃すことや必要以上に安価な販売価格の設定によって利幅が薄い受注となったケースがあった。

(2)SPP導入、定着へ取り組み
 A社の問題を解決するためにSPPの導入を図った。導入および定着に際しては、運用マニュアルだけでなく、固変分解や「守るべき限界利益率」を自動計算するExcelシートなどのテンプレートの作成、導入研修などをプロジェクトメンバー4名で行った(図表7)。
 導入における研修については、営業部門4名だけでなく、生産上の余力の把握が必要であるため工場長1名と変動費、固定費の把握が必要な仕組みであるため経理担当者1名にも参加いただいた。研修に際しては、架空の製造業の事例を作成し、テンプレートへの入力から分析、価格設定までを行う簡単なケーススタディを取り入れた。
 運用面の難点である「価格設定チャート」では、戦略AからFのそれぞれの基本方針に沿った具体的な対処方法に関して、規定の作成を支援した。

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5.A社におけるSPP導入の成果
(1)適正価格での販売による利益率、受注率の向上

「守るべき限界利益率」を目安として価格設定することと、「価格設定戦略C~E」の場面において受注するには営業マネージャーの承認が必要であるというルールを定め、価格設定権限を明確化した。これらにより、過剰な値引きを減少させることができた。
 「散布図による予測価格の設定」により、市場価格からかい離した価格設定が減少した。過剰な安値設定をやめたことにより受注アイテム数の減少が見られたが、高値設定による機会損失数が減少したことにより、受注率を増加させることができた(図表8)。

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(2)価格算出の省力化による見積の迅速な提出
 「価格設定チャート」を用いた価格算出方法の標準化によって、営業担当者間の応援による作業負荷分散が図れたため、営業部門全体における見積提出までの期間を短縮することができた。また、標準化した各プロセス(守るべき限界利益率設定、見積アイテムの限界利益率算出など)の円滑な処理のために、計算作業の短縮や計算ミスを防止する観点で「SPP付属帳票」を整備し、見積作成に要する時間を削減させ、顧客訪問のための時間と労力を確保しやすくなった(図表9)。

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6.SPPと従来の「原単位情報を基にした価格設定法」との関係性
 SPPと原単位情報を基にした価格設定法は組み合わせることができる。たとえば、平常時は原単位情報を基にした価格設定を行い、絶対に獲得したい案件などの際にSPPを用いて戦略的価格設定を行うことが可能である。

7.今後の課題、取り組み
 SPPの取り組みにおいて収集した各種データを活用するツールを開発する(図表10)。
 A社での導入、運用結果を踏まえて、さらに使いやすく、役立つツールとなるように改良を重ねる。また、A社は自動車部品製造業であったが、他の業界やビジネスモデルにも適用可能か、適用するためには何か追加・変更は必要か、に関して取り組む予定である。本研究会において開発した他のツールとSPPを組み合わせることによって、中小製造業の売上UPに貢献していきたい。

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                  執筆協力:営業力を科学する売上UP研究会
                       尾崎 賢司、川脇 良文、畠山 廣敬ほか

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