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2019.06.30
経営診断におけるカウンセリングの応用

マネジメント・カウンセリング研究会 砂田 好正

1.マネジメント・カウンセリングとは
 マネジメント・カウンセリング研究会(以下、MC研究会)は平成27年、『アドラー心理学によるマネジメント・カウンセリング入門――人と組織にいかに活力を与えられるか』(発行・アルテ、発売・星雲社)と題した書籍を発行した。岩井俊憲会長【アドラー心理学カウンセリング指導者・カウンセラー、中小企業診断士(以下、診断士)】が編著者となり、会員9名が執筆している。
その冒頭で「マネジメント・カウンセリング(以下、MC)」は次のように定義されている。「MCとは、主に企業の経営者および管理者が直面している問題の解決や将来の機会開発のために、カウンセリング・アプローチによって気づきを促し、意思決定を支援する協力関係である」。簡略に言えば、診断士の経営診断に、カウンセリングの手法を応用しようというものである。
さらに、この書籍では、MCのこの定義についての説明がされている。すなわち、診断士(カウンセラー)が「主に企業の経営者および管理者(以下、企業の経営者など)」(クライアント)に対して、①相互尊敬・相互信頼に基づくヨコの関係で接し、②あくまでもクライアントを主体に置いて接し、③協力的な助言・提案を提供し、④助言・提案を受けるかはあくまでもクライアント側が主体性を持つ、とされる。


2.指導理念から支援理念へ
 ところで、診断士を規定する「中小企業指導法」は、昭和38年に定められている。そして平成12年にその名称が「中小企業支援法」に変更された。この法律の主務官庁は経済産業省であり、第12条において、中小企業の経営診断の業務に従事する者に係る試験(診断士試験)が規定されている。
ここで注目されるのは、法律の名称が「指導」法から「支援」法へと改められたこと。これは、診断士の本分である中小企業への経営診断が、「指導」から「支援」へとその基本理念を変更したことを示していた。この時点で診断士は、中小企業の経営を「支援」する資格者と規定されたのである。
 それでは「指導」と「支援」の違いはどこにあるのだろうか。
 「指導」というのは、上位の者(診断士)が下位の者(企業の経営者など)に対する行為を指す。そこでの診断士と企業の経営者などとはタテの関係である。
 一方、「支援」というのは、診断士は、企業の経営者などに対して、サイドから助言・提案する資格者であることを示している。そのため「支援」においては、「指導」におけるタテの関係ではなく、ヨコの関係になるのである。
 また「指導」においては、選択し、意思決定する主体は「指導」する診断士であった。それに対して「支援」においては、選択し、意思決定をする主体は、あくまでも企業の経営者などである。その点も「指導」と「支援」とでは違う。
 この節の結論を述べよう。法律の名称の変更は、診断士の経営診断の基本理念が、「指導」から「支援」に変更されたことを示していた。そして企業の経営者などに対する診断士の役割、立ち位置も「支援」へと基本理念が変更されたのである。


3.共通する「支援」としての経営診断とMCの基本理念
 ところで「1.」に示したMC研が掲げるMCの定義をもう一度読み返していただきたい。そこに示されたMCの定義と、前節における経営診断における「支援」の、両者の基本理念が、共通し、重ね合わさっていることがわかる。
 より焦点を絞って述べよう。MCにおける診断士(カウンセラー)と企業の経営者など(クライアント)は、ヨコの関係にあると述べた。一方、経営診断における「支援」もまた、診断士と企業の経営者などとは、ヨコの関係にある。
 またMCにおいて、選択し、意思決定する主体は、企業の経営者など(クライアント)である。「支援」における経営診断もまた、その主体は、企業の経営者などである。すなわち、MCと「支援」としての経営診断の基本理念は、これらの面でも共通し、重なり合うのである。
 ところで、MC研究会の前身であるMC懇話会が設立されたのは、昭和40年代である。一方、「指導」法から「支援」法に名称が変更されたのは、前述のとおり、時代が進んで平成12年のことである。両者の基本理念が、共通し、重なり合うとすれば、MCが時系列において先見性を強く持っていたことになる。そして、診断士の経営診断において、MCが示す基本理念の有効性、そして同時にカウンセリングの有効性を示すことに思い至るのである。そのことにMC研究会が掲げるMCの意義が表れていると言えよう。


4.助言・提案による「問題解決」
 診断士の経営診断はもとより、MCにおいても、企業の問題・課題を解決することが重要な目的となる。一般的に下記のようなプロセスをたどって解決がはかられる。

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 企業経営における問題・課題は多岐にわたる。たとえば、売り上げが伸びない、利益が十分に出ない、財務基盤が弱い、退職者が多い、人手不足である、後継者がいない、などがある。こうした大きな括りの問題・課題だけでなく、たとえば、残業が多い、他部門との連携が悪い、営業力が弱い、情報が社員の間で共有されていない、電話や電子メールでの応対が悪い、苦情処理の仕方が悪い、提案書や報告書の作り方が悪い、などの比較的小さな括りの問題・課題もある。

 この場合、企業には、問題・課題は何もないと考えるべきではない。問題・課題を発見し、特定すること自体が、企業の経営者などの大きな仕事と考えるべきである。それを見つけ、改善・解決することを目的に、診断士は専門的知識を活用しながら、サイドから助言・提案することになる。そのことが診断士の経営診断における役割の一面である。いずれにしても問題・課題を発見する(第1ステップ)、そしてその問題・課題を明確化する(第2ステップ)ことが大切である。企業の経営者などがそれに気づき、認識してもらうことが大切なのである。
 そして、次のステップからそれらの問題・課題の改善・解決に向かうことになる。その第一歩が、目標を設定すること(第3ステップ)。たとえば、利益が少ないという問題・課題があった場合、どのコストを下げることができるか、どのくらいのコスト削減が可能であるかを、目標として設定することになる。
 その次に、あり得る改善・解決策を自由に発案し(第4ステップ)、その中から良い改善・解決策を選択し、決定する(第5ステップ)。そして実行する(第6ステップ)ことになる。
 ここで留意しなくてはいけないのは、くり返しになるが、あくまでもこれらのプロセスの主体は、企業の経営者などである。診断士はあくまでもサイドから「支援」するのであり、助言・提案によって気づいてもらい、実行してもらうことが大切なのである。それがMCの基本的考え方であり、同時に「支援」としての経営診断であると言えよう。

5.助言・提案による「将来への機会開発」
 企業における「問題・課題の解決」は、どちらかと言うと、現状から過去への振り返りという要素が強い。診断士の経営診断においてはMCの定義にも示されているように「将来への機会開発」という目的も重要となる。
 たとえば、新事業の立ち上げ、新製品(商品)の開発、販路の拡大、営業力の強化、社員の能力向上などの機会開発がある。そのための長期・中期・短期の事業計画を立てることも必要である。大きくは、経営ビジョンの作成も必要だろう。そのために診断士は、専門的知識を生かしながら、助言・提案し、企業の経営者などが選択し、実行しやすいようにすることになる。
 「将来への機会開発」も診断士の経営診断の重要な目的である。ただし、多くの場合、企業の経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)の現状を熟知しているのは、診断士ではなく、企業の経営者などである。企業の属する業界の現状などについても同様である。
 そのため、可能性の高い事業機会を発見し、計画を立て、実行する主体は、ここでも診断士ではなく、企業の経営者などである。診断士は、経営についての専門的知識を生かすことはもちろんだが、企業の経営者などに気づき、認識してもらうことが重要なのであった。この面でも、診断士の経営診断においてMCの基本的考え方が有効であることがわかる。
 

6.社会存在意義としての「経営理念」
 「ありがとうございます」という言葉は、一般的には売る側が買った消費者(顧客)に対して述べるお礼の言葉である。しかし一方で、消費者がその商品を買ったということは、その消費者のニーズを満しているのであり、買う側の消費者にとっても「ありがたい」ことである。
 たとえば、ある商品を販売する企業の場合、その商品が売れるということは、消費者が求めるニーズに対応していたからである。消費者が求める商品を企業が提供できているからこそ、その商品は売れるのである。そのため、商売とは言え、その企業は社会的に役立っており、社会貢献していることになる。企業が存続している限りにおいて、どのような職種であっても社会的存在意義を持っており、社会貢献していると考えられる。
 ここで述べた企業の「社会的存在意義」を端的に示したのが、企業の「経営理念」である。社会の変化が激しい現状において、企業の経営者などが、そういう意味の「経営理念」を確立することはますます重要になっている。
 診断士の経営診断においては、企業の経営者などからヒヤリングし、リサーチし、助言・提案することになる。その重要な目的の一つが、企業の社会的存在意義、すなわち「経営理念」を打ち立てることである。そして、すべての社員にそれを浸透させ、それを基礎にして経営を行うことが大切である。経営理念を打ち立てるように「支援」するのも診断士の重要な役割であり、MCによっても主張されていることである。


7.傾聴の重要性
 ここでMCが「マネジメント・カウンセリング」の略字であることに改めて注目しよう。一方の略字であるC、すなわち「カウンセリング」と診断士の経営診断とはどのように重なり合うのか。
 カウンセリングには「積極的傾聴」という手法がある。これは、アメリカの心理学者でカウンセラーでもあるカール・ロジャーズによって提唱された。ロジャーズは、自らが行った多くのカウンセリングの実際の事例を分析し、クライアントと対話する場合、カウンセラーは「積極的傾聴」が重要だと主張した。そして、その傾聴の仕方には、次の3要素があると指摘した。
① 共感的理解=相手の話を、その人の立場に立って、その人の気持ちに共感しながら理解しようとする。
② 無条件の肯定的関心=相手の話を、善悪の評価、好き嫌いの評価を入れずに聴く。その人の話を否定せず、なぜそのように考えるようになったのか、その背景に肯定的な関心を持ちながら聴く。それによって、その人は安心して話ができる。
③ 自己一致=聴き手が相手に対しても、自分に対しても真摯な態度で聴く。話がわかりにくいときはわかりにくいことを伝え、真意を確認する。わからないことをそのままにしておくことを避ける。
 このロジャーズの主張は、人間尊重の態度に基づくカウンセリング理論としてほかのカウンセラーに大きな影響を与えた。いまでも基本的理論として重要視されている。
 ところで診断士の経営診断においては、そのプロセスの一つとして、企業の経営者などに対する「ヒヤリング」というステップがある。企業の問題・課題を探索し、将来の機会開発をするための重要なステップである。
 この「ヒヤリング」という用語は当然ながら「聴く」ということであり、「傾聴」ということである。ここにおいて、カウンセリング理論としての「積極的傾聴」が、大いに有効なものだと理解できる。診断士が経営診断の「ヒヤリング」において、企業の経営者などに共感しながら、安心して話せるように肯定的に、そして真摯な態度で聴く、という「積極的傾聴」の3要素が重要になる。そうした「ヒヤリング」によって、診断士と企業の経営者などとが信頼し合う関係になり得るのである。


まとめと結論
「1.」においては、MC研究会が主張するMCの定義を紹介した。
「2.」においては、診断士の経営診断が「指導」理念から「支援」理念に変更されたことを示した。
「3.」においては、診断士の経営診断における「支援」とMCの基本理念は、共通し、重なり合うことを示した。そこにMCの先見性が見て取れるとした。
「4.」においては、企業における問題解決が、支援としての助言・提案によって行われ得ることを示した。さらにこの場合、あくまでも主体は、診断士ではなく、企業の経営者などの側であることを示した。
「5.」においては、企業の「将来への機会開発」もまた支援としての助言・提案によって行われることを示した。
「6.」においては、企業の社会的存在意義は「経営理念」となることを示した。それを企業の経営者などは、企業全体に浸透させ、認識させる必要がある。そのこともMCの基本的考え方にも含まれるものである。
「7.」においては、MCのCは「カウンセリング」であり、その「積極的傾聴」理論は、診断士の経営診断における「ヒヤリング」において重要であることを示した。
 このように論述してくると、MCで示されているカウンセリング理論が、診断士の経営診断に応用でき、有効であることがわかる。そしてそのことが、診断協会傘下のMC研究会の研究意義であった。これを結論として本論を終わりたい。(了)



【マネジメント・カウンセリング研究会のご紹介】
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 また毎年5月は外部の講師を招いて特別研究会を開催します。8月には暑気払い、12月には忘年会を兼ねて開催します。会場は、岩井会長が代表を務めるヒューマン・ギルドのオフィスで、地下鉄東西線・神楽坂駅から早稲田駅寄り出口を出て徒歩1分と、アクセスは便利です。
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