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2019.10.28
健康経営は中小企業における最強のソリューションとなる

健康ビジネス研究会 山口 亨

1.昨今話題の「健康経営」とはなにか
 先見性のある人は気づいている。企業イメージや生産性の向上には「健康経営」の視点が欠かせず、いまや長期的な視野をもつ経営者にとっては、常識となりつつあることを......。

(1)健康経営の定義
 健康経営とは「従業員の健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」である。経営的視点ということから、定期健診、ストレスチェックによる従業員の心身の健康課題の把握や保健指導、健康づくり(生活習慣の改善)のみならず、職場の環境整備・職場内のコミュニケーションの促進、長時間労働対策もその範囲に含む。

(2)健康経営の目的
 従業員の健康管理を担う取り組みは過去にもあったが、その考え方は少しずつ変化してきている。以前であれば、単にリスクマネジメントの観点から「最低限の法令を遵守している」ことに重きがおかれていたが、時代とともに企業が解決すべき課題としての重要性が高まり、いつしか従業員の健康管理は「CSR(企業の社会的責任)の一環」として取り組まれるようになった。しかし、健康経営ではさらに一歩踏み込み、従業員の健康管理を「未来への投資」として位置づけている。つまり、健康経営の目的は「従業員に、その持っている能力を十分に発揮してもらう」ことにある。

(3)健康経営を後押しする政策・制度
 昨今の社会環境としては、労働力の低下、医療費の増大などが指摘されており、国や自治体を始め、協会けんぽなどの健康保険事業の運営主体者(保険者)は、「健康経営優良法人」に代表される顕彰制度や、「健康宣言事業」などによる健康経営の後押しを進めており、多くの企業が参画している。


2.健康経営の必要性と、中小企業における実態

(1)従業員が「不健康」だと「生産性」が落ちる
 「日本労働研究雑誌 2018年6月号(No.695)」に記載の論文「中小企業における労働生産性の損失とその影響要因」では、「健康リスク評価項目の状況と労働生産性の損失との関係」が記されている。結論的には、「中小企業において、健康リスクレベルが高い従業員ほど、労働生産性の損失が高まる傾向」が示されている。この調査内容を詳しく見るために、以下の2つの用語を確認しておきたい。

(2)「アブセンティーイズム」と「プレゼンティーイズム」
 「アブセンティーイズム(absenteeism)」とは、欠勤や休職、あるいは遅刻早退などにより、職場にいることができず、業務に就けない状態を意味する。当然ながら、風邪をひいて休んでいるときは業務に就けないため生産性の低下要因となる。この状況は比較的理解しやすいであろう。
 一方、「プレゼンティーイズム(presenteeism)」とは、出勤しているにも関わらず、心身の健康上の問題により、充分にパフォーマンスが上がらない状態のことをいう。風邪気味や二日酔いの状態などでの勤務は、出勤しているにもかかわらず、パフォーマンスは上がらない。その状況は一見わかりづらいが、生産性を低下させている要因となっている。このプレゼンティーイズムによる大企業の損失については、さまざまなところで研究結果が報告されている。

(3)従業員が「健康」でも「生産性」があがるわけではない
 プレゼンティーイズムの要因は、「睡眠習慣」「主体的健康感」「ストレス」「不定愁訴」「仕事満足度」などで測定されている。このなかで興味深いのは、大企業を対象とした調査(経済産業省2016年)では、「睡眠習慣」のほか、「喫煙習慣」や「飲酒習慣」、「運動習慣」もプレゼンティーイズムと有意な相関を示しているが、中小企業(中小企業における労働生産性の損失とその影響要因)においては「睡眠習慣」だけが、プレゼンティーイズムと有意な相関にあることが指摘されている。つまり、中小企業において、プレゼンティーイズムに作用する具体的な生活習慣リスク項目は、一概に結論づけられないことが指摘されている。
 しかしながら、プレゼンティーイズムに関しては「ワーク・エンゲイジメント」と「職場の一体感」とで「有意な負の相関」があることが指摘されている。つまり、職場での取り組みにおいては「ワーク・エンゲイジメント」と「職場の一体感の向上」がプレゼンティーイズムの減少につながる可能性が示唆されている。ここは重要なポイントである。

(4)長生きしたい国民は、わずか「20%」
 201911_3_1.jpg従業員に対して単に健康増進を進めても、「健康は個人の問題で、仕事以外のことまで管理はされたくない」という思いになる。そのため、企業が「むりやり従業員を健康にする」ことには無理がある。
 また、アクサ生命が調べた「『100歳まで生きたい』人はたったの21.2%! ― 老若男女1,000名に聞いた『人生100年時代』のリアル(アクサ生命HP)」によると「100歳まで生きたい」人は、たったの2割しかおらず「長生きは喜ばしいこと」といった価値観も時代とともに多様化してきていることが示されている。
 ちなみに、長生きしたくない理由として「長生きしても生活に余裕がないのではないかと思うから」といった経済的な理由の他、「健康で自分の事は自分でできるのであれば長生きしたい、無理な治療費や介護が必要であればそうは思わない」「心身共に健康でいる自信が無い」といった健康面での理由もあげられている。


3.従業員個人の「健康」と「仕事」との関係性

(1)幸せの「尺度」には、「健康」が含まれている
 長生きしたくない理由に、「健康」の他、将来における「お金」という理由があげられていた。そもそも私達は「なんのために生きているのだろうか」。その答えを探るワードとして、「幸せ」がひとつのキーになるのではないだろうか。201911_4_1.jpg
 内閣府がおこなった「幸福度に関する研究会報告」によると「幸せ」を計る尺度として、「主観的幸福感」を上位概念として「経済社会状況」「心身の健康」「関係性」を3本柱として指標化して定義づけている。つまり「幸せ」と感じるためには「お金」と「健康」、そして「人間関係」が満たされている必要があるとされている。

(2)人の「悩み」は「4つ」に集約される 201911_4_2.jpg
 メンタリストDaiGo氏の著書「人を操る禁断の文章術(かんき出版)」によると、人の「悩み」はHARMの4文字に集約されるという。それは、Health(健康)、Ambition(夢・将来)、Relation(人間関係)、Money(お金)ということである。この4つの悩みは、内閣府の報告とも一致しており、「健康」で「人間関係」も充実していて、経済的な「お金」の心配もしなくてもよい、つまり「将来」の不安もないということが、悩みなく、「幸せ」であるということを示していると思われる。

(3)「幸せ」とは程遠い現代の雇用環境
 幸せを上記のように定義した場合、現状はどうであろうか。労働者健康状況調査(厚生労働省)によると、「雇用の不安定」をストレスの原因にあげる人の割合が、12.8%(2007年)から15.5%(2012年)に増加している。終身雇用が崩壊し、いつクビを宣告されるかわからない予測不可能な雇用状況は、従業員に強いストレスを与えているのではないだろうか。また、能力開発基本調査(厚生労働省)によると、能力開発の主体が企業ではなく従業員個人の責任と回答する企業が20.1%(2001年)から23.7%(2012年)へ増加している。終身雇用を保証できない状況では、能力開発の主体が、企業ではなく従業員個人の責任になっているとも思われる。さらに、NHK放送文化研究所の国民生活時間調査(2010年)では、日本人の平均睡眠時間が8時間13分(1960年)から7時間14分(2010年)へと約1時間少なくなったことが示されている。また、内閣府の調査では、共働き世帯が増えていることも指摘されている。この状態は夫婦それぞれが「仕事も家事も」担当しなければならない可能性を含んでおり、夫婦間での役割共有が難しくなってきていることが想定される。
 いつまで会社にいられるかわからないし、会社内でのキャリアパスも見えない(将来)、給料も上がるかわからないし(お金)、職場での人間関係も煩わしい(人間関係)、それでも日々忙しく仕事をしなければならず、自身の健康までは構っていられない(健康)といった、「4つの悩み」が、どこの職場でも多かれ少なかれ存在しているのではないだろうか。


4.企業が意識すべき「健康」と「経営」の関係性

(1)老舗企業の多い日本、持続可能な経営には必要なものとは
 今の時代、多くの企業で、継続企業の前提(going concern)として、持続可能な企業経営(サステナビリティ)が求められていることと思う。利益を追い求め、がむしゃらに仕事をすることは、体力も気力も必要で、長続きはしない。日本に老舗企業が多いことは研究に値する。

(2)燃え尽き症候群(バーンアウト)とワーク・エンゲイジメント
 前述の「(3)「幸せ」とは程遠い現代の雇用環境」の例は、バーンアウト(燃え尽き症候群)の状態に陥っていることが考えられる。バーンアウトとは「仕事に対して過度のエネルギーを費やした結果、疲弊的に抑うつ状態に至り、仕事への興味・関心や自信を低下させた状態」と定義されている。そして、バーンアウトの下位概念として「疲弊」「冷笑的態度」「職務効力感の低下」が示されている。先の例も含め、このような状態に陥っている従業員は少なくなく見られるのではないだろうか。
 一方で、バーンアウトの逆の概念としてエンゲイジメントがある。エンゲイジメントの下位概念は「エネルギー」「関与」「職務効力感」ということであり、「仕事に誇りとやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得ていきいきとしている状態」といわれている。この様にエンゲイジメントの高い職場が構築できれば良いが、俗にいうブラック企業を考えてみた場合はどうだろうか。会社は利益を追求し、個人は出来高制の報酬で、仕事にがむしゃらに取り組み、他者にも積極的に関与している状態もあるかもしれない。しかし、このような状態は、いつまでも続かず、やがて従業員は疲弊して健康を害することも懸念される。201911_5_1.jpg

(3)従業員が健康な会社と、不健康な会社、そして生産性との関係
 前述の「2.健康経営の必要性と中小企業における実態」では、「従業員が不健康の場合は生産性が落ちる傾向」にあるが、「従業員が健康である場合でも生産性が上がるとは限らない」ことを説明した。プレゼンティーイズムの発生を抑え、生産性に影響を与えるのは、「ワーク・エンゲイジメント」と「職場の一体感の向上」であった。
 つまり、「健康」かどうかだけで生産性向上は語れず、前述の通り「エネルギー(活力)」があるかどうかだけでも語れない。健康経営を考えるときには、この2軸(下図参照)で見ることが重要となる。そして、この健康経営を進める場合には、右上の象限である「ワーク・エンゲイジメント」の領域を目指すことが、生産性向上や企業イメージ向上にとって必要な取り組みとなる。
 ただ単に、従業員の健康増進を図り、職場環境を整えて、「職務満足感」(右下の象限)が満たされる状態としても、活動水準が低い状態では、生産性向上は期待できず、その取り組みは「健康経営」といえるものではない。健康状態を良好(健康視点)にし、活動水準を高める(経営視点)ことが、健康経営が目指すべき取り組みの方向性である。201911_6_1.jpg


5.健康経営と課題解決の方向性

(1)プロのサッカーチームからヒントを学ぶ
 中小企業は、大企業の健康経営とは違い、ワーク・エンゲイジメントと職場の一体感を高めることにより、プレゼンティーイズムの改善につながり、生産性の向上につながることがわかった。このワーク・エンゲイジメントと職場の一体感を高める取り組みは、いわゆるチームビルディングの取り組みと近く、解決の方向性はスポーツに置き換えるとヒントがあるかもしれない。
 たとえば、プロのサッカーチームで考えた場合、大企業はJ1、J2、J3といったリーグで戦っているチームであるが、中小企業はJ3にも入れないJFLの下位のチームといえる。それらのチームでは、高給で能力の高い選手がいるわけではなく、レベルの高い練習設備があるわけでもない。高い助っ人選手を買ってくることも難しい。
 ではどうするのか。限られたリソース(設備、資金、人材)しかないのであれば、今いる選手を組織的に連携させて、個の力を組織の力で補わなければならない。組織が一体感をもって、今いるメンバーが同じベクトルを共有して、チーム一丸となって前に進んでいくしかない。

(2)リソースは限られるが、唯一価値を伸ばせる可能性のある資源
 企業経営に置き換えた場合も同じである。ヒト・モノ・カネの経営資源は中小企業の場合限られるが、この内、「ヒト」だけは企業自らの努力で価値を向上させることができる。モノ(機械設備)の価値は、取得したときから減価償却により価値が減り、カネは市場の相場により価値が変動するため、企業自らの努力ではどうすることもできない。ヒトについてだけ、企業の取り組み方ひとつで、価値を上げることも下げることも可能である。
 機械にメンテナンスが必要なように、ヒトにもメンテナンスが必要で、そのメンテナンスが、心身ともに健康な状態で働いてもらうためのさまざまな取り組みである。ただし、単なる健康への取り組みではなく、従業員個々のさまざまな不安を取り除き、個々人の「幸せ」の実現も同時に考えていかなければならない。そうでないとパフォーマンスは上がらない。
 しかしながら、その具体的な取組手法は、千差万別で、個々の企業のおかれている状況によって異なる。万人に通じる正解はなく、だからこそ我々中小企業診断士や、健康経営アドバイザーの支援が期待されている。


6.研究会のご紹介

 最後に、健康ビジネス研究会を紹介したい。当研究会は、東京都中小企業診断士協会認定研究会で、2016年1月に発足した。会員には中小企業診断士が約60名在籍するほか、社会保険労務士、産業医、保健師などの専門家も参加している。
 会の目的は、経済産業省が進める中小企業の健康経営の実践支援の他、ヘルスケア産業創出促進支援に貢献するために、実務能力を研鑽・向上させていくことにある。
 健康経営の普及と支援をおこなう「健康経営アドバイザー」の手法確立に関する研究として、東京商工会議所、経済産業省、大学教授、各専門分野での第一人者を講師に迎え、勉強会をおこなっている。また、東京商工会議所から健康経営エキスパートアドバイザー派遣や、健康経営アドバイザー研修のテキスト執筆や講師も受託している。今後、さらに注目を集めることが間違いない健康経営の普及と実践のために、さらなる研鑽を重ね、その成果を支援企業に発揮していきたい。


参考文献

島津明人「ワーク・エンゲイジメント」労働調査会(平成26年)
アクサ生命HP「人生100年の歩き方」
※健康経営は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

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