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2020.07.29
働き方改革の支援事例について

働き方研究会 伊能 賢一

1.はじめに
(1)本研究会の設立の経緯
 本研究会は2年前の2018年に立ち上がった比較的新しい研究会です。研究会の立ち上げには筆者が知り合いのある工業団地組合での会合の際の組員からの意見が大きく影響しました。曰く、「先日、働き方改革の説明会に行ってきたのだが、とにかく労働時間を短くしろということで、言われた通りにやっていたら会社はつぶれてしまう。」というものでした。
 単に労働時間を短縮して、工場の稼働率を低下させれば生産量の減少に直結してしまうことは、誰でもわかることです。その点にふれず単に労働時間の短縮のみを求めるという言動には私も賛成しかねるものでした。
 そこで私たちは、働き方改革を進め、労働者福祉の向上を図るとともに労働生産性を高めることで生産量を維持する第三の道を模索すべく、本研究会を立ち上げました。

(2)研究会の構成
 研究分野は人的資源管理全般におよび研究範囲が広いため、研究会は①採用、②労働環境の最適化、③教育訓練・人材育成、の3つの分科会に分かれています。
 会員はすべていずれかの分科会に所属することが定められています。
 各分科会ではそれぞれの分野において深堀した研究を行っています。私は、労働環境の最適化、教育訓練・人材育成の分科会に所属しています。

(3)研究会の活動
 研究会の主な活動は、毎月1度の定例会における個別の事例発表と事例研究です。事例研究は実際の中小企業の現場に赴き、人的資源管理における経営診断を行うという実践的なものです。
 本稿では、中小企業の人的資源管理にかかる経営診断についてご紹介したいと思います。

2.人的資源管理の構造
 人に関するマネジメント全体を人的資源管理と呼びます。労務管理や雇用管理などさまざまな呼称がありますが、包括的な概念として人的資源管理が用いられています。
 人的資源管理の下位概念として、①労務管理②人事管理があります。前者は労働条件・就業規則などの管理、勤怠の管理、給与・賞与の計算などを主な内容とし、労働基準法をはじめとしたさまざまな法整備により実効性が担保されています。一方後者は、採用活動、人員配置の検討、研修の実施、人事考課制度の運用などで構成され、企業ごとの判断に任されているものです。

3.事例研究
(1)事例研究に至る経緯
 本事例の企業は、文房具の卸売りおよび小売りを業とする企業です。中小企業は合理的な人的資源管理体制を欠いている企業が多いのは周知のことですが、当社の賃金制度や人事評価についても、評価基準はあいまいで、実質的に人事権を持つ会長の鉛筆なめなめで行われるというのが実情でした。社長である子息はそのような現状に危機感を持っており、加えて、労働基準監督署から残業代の未払いを指摘され、改善命令が出るに及んで抜本的な解決方法を模索していました。

(2)当該企業の概要
 1)役員構成および業務
 役員は全員一族の典型的な中小企業です。
 ①会 長...... 現社長の父親 75歳 人事権、資金面を担当しており実質的な経営権を持つ。
 ②社 長...... 3年前に社長に就任 50歳 業務全般と外商部門を担当している。
 ③専 務...... 社長の弟 47歳 業務・卸売・小売り部門を担当している。
 ④取締役...... 会長の妻 経理を担当している。

 2)組織

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 3)従業員数 従業員は11名、パート11名 年齢構成 30代1名、40代2名、
        50代6名、60代2名 

 4)収益性 前期売上570,000千円 営業利益11,400千円 最終利益5,700千円
 ①外商:売上320,000千円
外商先はK区役所、I市役所など5社 大口は入札、30万以下は随意契約、収益性良好
 ②卸売:売上180,000千円 顧客は近隣の中小文房具店 客先の減少、低収益性に悩まされている。 
 ③小売:70,000千円 近くの駅のインショップとして出店している。収支はトントン
     近くもう1店舗出店予定。
 ④労働分配率 75%

(3)ヒアリングの実施
 事前に上記のような情報収集をしたうえで、企業訪問を行いました。ヒアリングは販売促進や販路などの分野にもおよびましたが、ここでは人的資源管理に係る部分のみ掲載します。
 ・人事処遇について、明確な制度はない。
 ・現在、部長、課長および店長を役職者としている。
 ・基本給
  ①高卒初任給140,000円
  ②定期昇給はない。
 ・所定内諸手当
  ①役職手当
   部長・課長級 一律10,000円
  ②住宅手当:賃貸住宅に居住している従業員に対して支給している。
   家賃100,000円まで 一律20,000円、家賃100,000円以上 一律30,000円
  ③家族手当 扶養家族がいる従業員に対して支給している
   妻 20,000円、子供および両親1名につき11,000円
  ④皆勤手当:給与支払い月の前月1月間に年休の取得以外に欠勤、遅刻等がなかった場合に支給している。 一律10,000円
 ・所定外賃金
  みなし残業手当 実績に基づいたものではなく給与の調整弁として支給している。
 ・賃金の決定
  ①初任給:中途採用者がほとんどであるため、前職時の賃金を主な理由に会長が決定している。
  ②昇給:給与表はなく、定期昇給も行われていない。昇給に当たっては、会長の人事考課により昇給額を決定する。昇給時期は随時である。
  ③賞与の支給:賞与は支給年度の収益実績をもとに、会長が支払い原資を決定する。各従業員への分配も会長の人事考課により決定する。
 ・人事評価:会長が随時行う。考課基準の公表、考課結果のフィードバックはなされていない。
 ・昇給・昇格の基準:会長の人事考課による。明確な基準はない。
 ・営業は月1回の会議で売上などを確認するだけで、ほとんど管理はしていない。自由にやってもらっている。
 ・パートからの社員転換は一人だけ(Iさん、小売店店長)
 ・パートは現在全員女性、社員は全員男性
 ・SWOT分析の結果、働きやすいというのが強みとして出てきた。
 ・就業規則は社員に見せていない。
 ・配置転換はあまりない。新しく入る人も少ない。
 ・OJT(と言えるものでもないが)で教育している。社外セミナーも行っていない。
 ・継続雇用は、いったん60歳で区切り、その後継続するか決めている。

(4)現行人事制度の問題点と改善点

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(5)改善策の提案

 上記のように改善策を取りまとめました。本稿では資格制度・賃金制度について、具体的な改善提案を紹介します。
 まず、現行賃金の分析を行いました。
 分析の対象は厚生労働省が発表しているデータと当社の賃金実態の比較により進めます。

 現行賃金の比較表は下図のとおりになります。

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 基本給プロット図を見ていただくと基本給が最低生計費に遠く届いていないことがわかります。この差を埋めるために実績に関係なく残業手当を支払っているわけです。
 そこで、給与を年齢給と職能給に分割するとともに残業手当の60%を基本給に組み込んだ新たな賃金表を作成し、シミュレーションしてみました。
 シミュレーションの結果、残業手当を除く基本給と役職手当、家族手当を含む所定内賃金でほぼ最低生計費が賄えるようになりました。
 新賃金制度への移行に伴い、賃金総額が上昇しましたが、毎月10万円程度に収まり十分対応可能な額でした。
 つまりこの会社は、賃金総額の多寡よりもその分配方法に問題があったということになります。
 新賃金に基づき賃金規定を策定したことにより、就業規則を従業員に公開することができるようになりました。

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 基本給を年齢給と職能給にわけるため職能資格制度の導入を行いました。これにより、年齢を基準とした生計費的な給与と能力評価を前提とした職能給による賃金制度の設計が可能になります。
 現行ではそもそも役職のみで職能による格付けがなかったため、一般職と管理職からなる5等級の基準を作成しました。
 特に管理職においては、KPIとコンピテンシーによる目標管理制度を導入しました。

6)改善策の効果
 1)賃金分配の納得性の向上
 これまで、明確な賃金制度や評価制度がなかったため、従業員からなぜこの賃金なのか、どうすれば賃金が上がるのかわからないという声がたびたび上がっていました。今回の改正による賃金支払い後、従業員にアンケートを取ったところ、給与が下がった人を含め、ほとんどの従業員は賃金制度が明確になったと回答しています。

 2)就業規則の開示
 労働基準監督署から就業規則を従業員に開示するよう求められていましたが、賃金規定がないため開示できませんでした。賃金規定が策定されたことで就業規則の開示が可能になりました。

 3)賃金構成の明確化
 実績に基づかない残業手当の支給は長時間残業者に対する残業代の不足を引き起こすとともに、残業していない従業員にも残業代を支払うという矛盾が生じていました。
 残業代を基本給に組み込んで、残業は実績により支払う制度に転換することにより、労働基準監督署からの残業代未払いの指摘を改善することが可能になりました。

(7)終わりに
 他の経営資源たとえば機械などですが、よほど取り扱いが悪くなければ、100馬力なら100馬力で期待された能力は発揮されるものです。しかし、人間はそうはいきません。当初100を期待していた人材が150の力を発揮することもあれば50しか出ないこともままあることです。
 その意味で人的資源管理は他の経営資源と比較しても、もっとも管理の難しい経営資源であると言えます。
 「企業は人なり」という言葉は使い古された表現ですが、いつの時代でも通用する永遠の経営課題であると言えます。

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